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サッカー日本代表であり、川崎フロンターレのゲームキャプテンを務める中村憲剛選手。小学生時代は東京の「府ロクサッカークラブ」に所属し、5年生の時に全日本少年サッカー大会に出場。また、6年生の時は全国大会には出場できなかったものの、同年代の関東選抜に選ばれています。しかし、中学に進学すると同時に新設された府ロクジュニアユースの1期生としてサッカーを続けるも、1年生の途中で退団。サッカーからはいったん離れた中村憲剛選手は、やはりサッカーの魅力を捨てきれずに中学校のサッカー部へ入部します。以降は東久留米高校(現久留米総合高校)、中央大学へと進学してサッカー漬けの日々を送っていきました。中学生以降は全国大会に出ることもなく、挫折も味わってきた中村憲剛選手。そんな彼を、ずっと見守っていたご両親は一体どのような会話やコミュニケーションを交わしてきたのでしょう?
今回は「プロサッカー選手を育てた親に、子どもとの接し方をお聞きしたい!」という多くのご要望にお応えして、中村憲剛選手のご両親であるお父様の憲英さんとお母様のタカ子さんにお話を伺う事ができました。今、まさにサッカーに没頭しているお子さんを持つサカイク読者のみなさんに参考になりそうな話が盛りだくさんです。
■親はカーリングのスイーパーのようなもの
中村憲剛選手はご両親と12歳上の長女、10歳上の次女の5人家族。お姉さん方には、女の子ゆえに厳しくした部分もあったそうですが、子どもたちに「勉強をしなさい」「あれをしなさい」「これをしなさい」といった、声掛けはしてこなかったそうです。
「親はカーリングで、ストーンの前をブラシで掃くスイーパーのようなものだと思います。子どもが決めて進んでいこうとする先を、少しだけ進みやすくしてあげるのが親の役目」とお父様の憲英さん。子どもを過剰に心配するのではなく、子どもの決めた道を尊重し、行動しやすくすることが、中村家の子育て方針です。
とはいえ、口出しせずに見守りたいと思っていてもなかなかできない、という方も多いのではないでしょうか。心配のあまり「勉強しなさい!」「○○はやったの?」と声をかけてしまいがちではないでしょうか。
中村憲剛選手は学生時代、サッカー漬けの毎日の中であったにも関わらず、勉強についてもそれなりにやる子だったそうです。それゆえ勉強をしなさいと言う必要がなかったのだそうです。ただ、幼少の頃から『やるか、やらないか、は自分の問題だよ』『やると決めたら、徹底的に。中途半端なことはするな』という声掛けはされていたようです。サッカーにしても、勉強にしても、やりたくなければやらなくていいし、やりたかったらとことんやる。やったらやった分の成果が得られ、やらなければ何も得られないことを理解していたからこそ、勉強にもしっかり向き合えていたのではないでしょうか。
「今のお母さんたちは、かまい過ぎるところがあると思います。我が家の場合、あれこれ言わずに良い方向に進みました。子どもはみんな考える力を持っているんですよ。ぎりぎりまで追い込まれたら、自分で結論が出せます。でも、その前に親が口を出すから、反発をするんです。『自分の問題だよ』という声掛けは、今思うと成功したと思います。憲剛だけでなく、多くのお子さんにも言えることだと思いますね」と憲英さん。
確かに、おっしゃる通り。心配なあまり、ついつい口を出して反抗され、結果やるべきことができないで終わることが多々あったりしませんか?「親だから心配するのは当たり前よ」とお母様のタカ子さんはおっしゃっていましたが、心配することと口を出すことは別。親として心配はしつつ、子どもが行動を起こすのを“じっと待つ”ことの重要さを考えさせられました。
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取材・文/kilohana 前田陽子 取材協力・写真提供/ケン・プランニング、川崎フロンターレ