2013年Jリーグ第27節、鳥栖vs広島戦の前半23分。Jリーグ年間最優秀ゴールの候補にも挙げられた、佐藤寿人選手のスーパーゴールを覚えているでしょうか?
広島のカウンターから右サイドで高萩洋次郎選手がボールを受け、目線を上げた瞬間、中央の佐藤選手は反対の左サイドへふくらみながら動き出します。そこに高萩選手から正確なロングパスが届けられると、2回バウンドしたボールの落ち際に対し、広島が誇るエースストライカーは迷わず左足を一閃。ボールはGKの頭上を越え、鋭く落ちながらファーサイドネットに突き刺さりました。美しいドライブボレーシュートでした。
■ボールを受ける前から仕掛ける動きで相手DFを翻弄
マッチアップしていた鳥栖の菊地直哉選手は、佐藤選手に完璧なシュートを許してしまったことについて、「あと一歩でも二歩でも、寄せることができればシュートを打たれなかったかもしれない」と反省しました。
なぜ、菊地選手はこのとき間合いを寄せ切ることができなかったのでしょうか?
理由の一つは、佐藤選手が逆サイドへふくらんだ動きで、マークを外したことにあります。ボールは右サイドにあるのに、マークしている佐藤選手は左サイドへ動き出しているため、守っていた菊地選手は、両方を目で捉えにくくなります。そこでボールを見ていた菊地選手は、佐藤選手との間合いが離れ、一瞬ですがシュートを打つ『時間』を与えてしまいました。
一方、ペナルティーエリア内など、スペースが狭いところでは、佐藤選手はニアサイドへ動き出し、相手より一瞬早くボールに触ってワンタッチゴールを決める形も得意としていますが、このスーパーゴールのように相手陣内のスペースが大きく広がっているときは、マークを外しながらふくらむ動きが効果的に作用しました。
ボールを受けてから勝負するのではなく、ボールを受ける前から勝負する。いろいろな仕掛けをしたほうが、相手のディフェンスは困りますよね。佐藤選手はこのような駆け引きが非常に巧みなので、ボールを受ける前の動きを見ると、いろいろな発見をすることができます。
そして、実はこのゴールのもう一つのポイントは、カズ(三浦知良)選手にあります。
1993年のアメリカワールドカップ予選で決めたカズのゴール。それを見ていた当時小学生の佐藤選手は、同じような逆サイドへ決めるボレーの練習をずっと繰り返していたそうです。プロ選手になってからも、ずっと。「練習して、練習して、何度もシュートを打って、感覚を体に覚えさせなければ打てない」と、佐藤選手は語ります。
■ギリギリまで状況を見極めて判断し、プレーするのが一流選手
菊地選手が与えてしまった『時間』はほんのわずか、たった2バウンド分のみです。おそらく3バウンドしてしまったら、シュートを打たせないところまで菊地選手は間合いを詰めていたでしょう。
佐藤選手はボールが1バウンドした瞬間に、ゴールの位置を確認し、さらにサッと首を振り、背後から相手ディフェンスが寄せてきていないこと、味方のサポートが間に合っていないことを確認すると、素早くシュート体勢へ。そして2バウンド目で強烈なボレーを打ちました。
サッカーに限らず、一流のスポーツ選手は、ぎりぎりの瞬間まで『待つ力』に長けています。たとえばテニス選手が、ボールを打つ瞬間のぎりぎりまで待ってショットのコースを変えたり、あるいは格闘技の選手がぎりぎりまで相手の動きを見極めて技を仕掛けたり。
『待つ力』を磨くためには、頭で考えるのではなく、体にイメージを染み込ませて、無意識に体が動くくらいにまで反復練習しなければいけません。そうすれば、ボールを受ける前の動きだったり、1バウンド目で佐藤選手が首を振って状況を見たことなど、別のことに意識を回す余裕が生まれてくるのです。
これがまさに、一流のスポーツ選手の技術。1993年、カズのゴールにあこがれた少年、佐藤寿人が、このシュートをひたすら練習して自分のモノにしました。
そして今。佐藤選手のスーパーゴールにあこがれたサッカー少年の登場を、私たちは心待ちにしています。いつの日か、Jリーグの舞台で。
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文/清水英斗 写真/松岡健三郎