■サッカーにおける11人の出場選手の中で、唯一、手を使ってボールを扱うことが許されたポジション
GKは特別な存在です。単純な11人の中のひとりではありません。当然、技術や戦術も他の10人とは全く異なるのですが、その特別なGKのセオリーを、きちんと選手に教えられる指導者が果たしてどのくらいいるのでしょうか?
多くの指導者はサッカーの経験者が務めています。彼らは自らの経験にあぐらをかかず、よく学び、サッカーの進化について日々研究しているはず。しかし、そんな熱心な指導者でも、意外とGKについては無知であることが少なくありません。
今回、我々はスペインのゲルニカでGKコーチを務めるジョアン・ミレット氏の、日本で開催されたGKクリニックを取材してきました。彼はこの道25年のベテランGKコーチで、現在アスレチック・ビルバオで活躍するGKゴルカ・イライソスや、スペイン世代別代表に選ばれたGKを育てています。
当然ながら、講義2時間&実技2時間という短い時間ではGKのすべてを教えてもらうことはできなかったのですが、ジョアンの言葉の端々からは、GKの本質というものがにじみ出ていたように感じられました。
それをこの記事で少しでも伝えられればと思います。
■一つ一つの技術の基礎を、きちんと固めていくことがGKトレーニングには必要
ジョアンは我々に、ある問いを投げかけてきました。
「これはスペインで実際に行われている練習です。コーナーキックを蹴る、それをGKがキャッチしてスローイングする、味方からのリターンパスを再びGKが受けて逆サイドへ展開する。このプレーは存在すると思いますか?」
クリニック参加者がポカーンとしている様子をジョアンはじっくりと見つめながら待ち、このように続けました。
「スペインでもこのような練習をする指導者が多いのですが、このプレーは存在しません。なぜなら、最初にキャッチングができなければその後のプレーがすべて存在しなくなるからです」
みなさんはグローバルトレーニングという言葉を聞いたことがあるでしょうか? サッカーに必要な技術、戦術、メンタル、フィジカルなどを総合的に、敵やゴールを付けた実戦的な練習の中で能力を磨くトレーニングです。近年ではコーンの間をひたすらドリブルするようなドリル練習よりも、このような状況判断を含むグローバルトレーニングの比率を上げるべきだと伝えられるようになりました。バルセロナがその典型例でしょう。
しかし、ジョアンはGKという特別なポジションにおいては、いきなりグローバルトレーニングから始める考え方は間違っていると真っ向から否定します。一つ一つの技術の基礎をきちんと固めてから、最終的にグローバルトレーニングに進むべきだと。そう我々に伝えました。
さらにジョアンは、一つの分厚いファイルを取り出して次のように問いかけました。
「ここに私が普段使っている練習メニューが800個あります。このファイルが欲しい方はいますか?」
ほぼ全員が静まり返る中、一人の指導者が手を挙げました。
「この練習メニューには何の意味もありません。どんな練習をしても、GKコーチが正しい技術を伝えられなければ、それは“こなすだけの練習”になってしまうからです」
まるで千本ノックがごとく、GKコーチがひたすらボールを蹴り、GKがひたすらキャッチをする。そんな練習を長時間行えば、お互いにたっぷり汗をかいて、疲労感もあり、素晴らしい練習をした“つもり”になるかもしれません。しかし、そこに正しい技術の習得は存在しません。練習メニューで何をやるかよりも、GKコーチが正しい技術をしつけられるか否か。それがはるかに重要であるとジョアンは我々に伝えます。
2時間の講義のほとんどの時間は、このようなコンセプトの解説に費やされました。それだけ誤解されることが多く、大切なポイントであるということなのでしょう。
ジョアン・ミレット//
経歴
ゲルニカ(スペイン)GKコーチ
バスクコーチングスクールGK戦術、技術指導講師
ビルバオコーチングスクールGK指導、戦術講師
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取材・文/清水英斗 写真/サカイク編集部 取材協力/(株)アレナトーレ、湘南ベルマーレ