インタビュー
2011年5月 1日
『「マネる」ことは「学ぶ」こと。誰かのプレーをマネし、憧れることは、自分を伸ばす"力"になります』-【File1】近藤岳登(神戸)
ピッチ上では誰より熱く、ピッチの外ではいつも笑顔を絶やさずに、サポーターからの人気も絶大なヴィッセル神戸の近藤岳登選手。「自分には、決して遠回りじゃなかった」と語るサッカー人生をたどると、少し異色の経歴が見えてきます。それでも・・・。さまざまな道を通ったからこそ、プロ選手としての『今』を歩み続ける近藤選手の"人物伝"に迫ります。
■「自主性を尊重し、何事も自由にやらせてくれた。それが両親の教育方針」
――小さい頃はどのようなお子さんだったんですか?
「ほとんど家にいた記憶がないというくらい、外ばかり飛び回って遊んでいましたね。小学4年生でサッカーを始めるまでは、公園で鬼ごっこをしたり、川で魚とりをしたり。日の出とともに外に遊びに行き、お腹が減ったら家に帰って、ご飯を食べたらまた出かけるという毎日の繰り返しでした。性格的に家でジッとしていることができないタイプで、両親も「自由に育てよう」という考え方で、僕を育ててくれたと思います」
――自由に過ごす中で、ご両親から叱られた記憶はありますか?
「嫌なことはすぐ忘れるタイプなので覚えていないだけかもしれませんが(笑)、小さい頃に両親から怒られた記憶はほとんどないですね。やんちゃな子どもではありましたが、人に迷惑をかけたり、傷つけたりすることはありませんでした」
――当時、ご両親からよくいわれていた言葉を覚えていますか?
「特別にこれだというものはありませんが、自主性を尊重し、何事も自由にやらせてくれていました。それが(近藤家の)両親の教育方針。そのおかげで、性格も楽天的になりましたし、今でもあまりストレスを感じることがないですね。自分がポジティブに生きられる環境を作ってくれた両親に感謝しています。それと同時に、自由の裏は責任があるということも教えてくれました」