インタビュー
2011年5月 3日
『サッカーを辞めた2年間。それは、本当に"サッカーの大切さ"を痛感したかけがえのない時間』- 【File3】近藤岳登(神戸)
ピッチ上では誰より熱く、ピッチの外ではいつも笑顔を絶やさずに、サポーターからの人気も絶大なヴィッセル神戸の近藤岳登選手。「自分には、決して遠回りじゃなかった」と語るサッカー人生をたどると、少し異色の経歴が見えてきます。それでも--。さまざまな道を通ったからこそ、プロ選手としての『今』を歩み続ける近藤選手の"人物伝"に迫る最終話は、社会人と大学時代のお話です。
■厳しかった大学の監督の「岳登は誰よりも一生懸命に生きていた」という言葉に涙がでた
――高校を卒業後に進学した大阪体育大学を、すぐに辞めてしまったのはなぜですか?
「とにかく遊びたくて仕方がなかったんです。高校最後の選手権が予選で敗退し、少しサッカーから離れた時期に、カラオケやボウリングなどで遊びを覚え、大学に進学しても、サッカー部の練習にも行かずサーフィンやスノーボードに明け暮れる日々を過ごしました。サッカー部の監督に呼ばれ「サッカーをやるか、大学を辞めるか」と選択を迫られたとき、「大学を辞めます」と決断。当然、それを聞いた父親には「もう帰ってくるな」と激怒されました」
――しかし、再びサッカーの世界に戻ってきました。
「サーフィンも、スノーボードも、サッカーほど熱くなれなかった。「では、自分が熱くなれるものは何だろう?」と考えたとき、やっぱり自分にはサッカーしかないと思ったんです。遠回りしたと見られるかもしれないけど、サッカーを辞めた2年間がなかったら、僕は今、こんなにサッカーが好きだという気持ちになれていなかったと思います。あのまま中途半端な気持ちでサッカーを続けていたら、きっとプロ選手にもなれなかった。一度、完全に離れていたことが、逆に良かったのかもしれません。サッカーの大切さを痛感するという意味では、かけがえのない時間でした」