インタビュー

2011年6月15日

『必死にボールを追いかける子どもたちの姿は今も昔も変わらない』-【File1】駒野友一(ジュビロ磐田)』

日本を代表するサイドバックの駒野友一選手。野球少年だった駒野選手は、小学2年生でサッカーと出会い、プロ選手となりました。地元・和歌山の子どもたちやこれからの日本サッカーを担う子どもたちに夢を与える存在として、駒野選手の歩みは進み続けます。

■「Jリーグが開幕し、(プロサッカー選手に)『なりたい』ではなく、『なろう!』と強く考えるようになりました」

――駒野選手がサッカーを始めたのはいつ頃からですか?

「小学2年生のときですね。実は僕が所属していた少年団は、本来なら3年生にならなければ入れない決まりだったのですが、毎日、放課後にひたすらボールを蹴っていたら、コーチが特別にその少年団に入れてくれたんです。ちょうど同じ時期には野球もしていたのですが、(サッカーの)少年団入りをきっかけに、さらにサッカーにのめり込むようになりましたね。当時のポジションはFW。とにかくゴールを決めることが楽しかったのを覚えています。一時期、自分の中でキックオフゴールが流行っていて(笑)、それでゴールが決まったときは嬉しかったですね」

――逆に悔しかったことは覚えていますか?

「一度、『プロサッカー選手だ』と偽り、とあるプロクラブのジャージを着た大人が僕たちの練習にやってきたことがあったんです。一緒にサッカーをしたり、サインをもらったりしたのですが、後になって、その人がプロ選手じゃないということがわかった時は、何よりも悔しかったですね」

――その頃の"夢"を教えてください。

「Jリーグが開幕するまでは漠然と野球選手になりたいなと思っていました。ただ、(小学)6年生のときにJリーグが開幕してからは、目指すところが明確になったこともあり、(プロサッカー選手に)『なりたい』ではなく、『なろう!』と強く考えるようになりました」

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