インタビュー
2019年10月15日
「やる気あるの?」というコーチングでは伸びない。高校サッカー強豪の監督が無冠で気づいた「選手に響く」伝え方の重要性
5度の日本一を果たしても周囲からの称賛を喜べなかった日ノ本学園の田邊友恵監督。前編では12年間の指導者生活の中で気付いた選手が成長するタイミングについてや、褒められる嬉しさについてお聞きしました。
後編の今回は、「オラオラ系」指導者だった田邊監督に訪れたもう一つの転機について振り返ってもらいました。
(取材・文・写真:森田将義)
■無冠の一年を経験し、できない原因の矢印が選手から自らに向いた
男子サッカーの強豪校が新たに女子サッカー部を創部するケースが目立つなど戦国時代となりつつある現在とは違い、田邊監督が就任した当初は選手の質を見れば日ノ本学園は全国でも頭一つ抜けた存在でした。
2012年10月にコーチから監督になった直後の選手権こそ全国3位で終わりましたが、2013年度と2014年度はインターハイと選手権の2冠を達成。2015年度も第1回大会から君臨し続けてきたインターハイ女王の座を守り、4連覇を達成しました。しかし、2016年度のインターハイは準決勝で敗退。選手権も2回戦で姿を消すなど就任以来、初めて無冠で一年を終えたのです。
この年の選手権ではインターハイを落とした危機感が田邊監督にもあったのでしょう。大会直前の練習では、誰かのために頑張る姿勢が見えない上に練習でのコミュニケーションに欠ける選手が多かったため涙を流しながら激怒したこともありました。
毎回、そうした指導を行うわけではなく、大舞台を前に選手の気持ちに火をつけたいと思った故の行動でしたが、「なんでやらないの? といった声掛けが多かったけど、あの年を境になんで?って言ってはいけないと思ったんです。今になって振り返るとあの子たちはあの子たちなりにやっているんです。一生懸命やろうとも頑張っていたのに、それをさせられない指導者が悪いという感覚がなかった。でも、今は『声出せ』、『やる気あるの?』というコーチングは全て自分が悪いんだと思えるようになりました」。
「勝てなくなって、これまで通りうまくいかないことを選手のせいにして怒り続けるのか自分を変えるのか考えた結果、自分を変えて指導力をつけなければこの先やっていけないと思った」田邊監督は苦しい一年を経験して以来、「なんで」を口にするのではなく、原因を考えてから行動に移すようになったそうです。
例えば、練習で選手の気持ちが乗っていないと感じた時は練習メニューと雰囲気作りが悪いと考え、設定やルールを変えたり、時にはあっさりと次のメニューに移ります。簡単に言えば、上手く行かない時の矢印を選手に向けていたのを自らに向けるようになったのです。
「ピッチ外で上手くいかない時は、失敗の原因を自らに向けるタイプでした。でも、いざピッチに出ると『自分だったらこうするのに』、『今どきの子は...』などと自分の経験と違う事を受け入れられていなかった」と振り返るように、選手経験がある指導者に見られがちなケースと言えるかもしれません。
自分ができていたことを言語化し、選手に伝えられていないから起こる現象で、"なぜ出来ないのか"の原因までたどり着けていないのです。原因にたどり着けても正しいと思う改善方法は指導者の現役時代に合っていた物で、今いる選手には合わない物だというケースもあるでしょう。
これまでは女子サッカー選手の指導しか経験がなかった田邊監督ですが、今夏に行った指導実践で男子サッカー選手の指導を経験。
「男の子はボールを渡して『ゲームをやるよ』と言えば楽しそうにプレーするけど、女の子は自分の立ち位置に敏感で乗る時と乗らない時の差が激しいと感じた。女の子は自分を気にして欲しい。自分が世界の中心だと思っているような子が多いと思います」。
目の前の物事がつまらないと感じたり、なぜやるべきか理解できないと行動に移せない。サッカーに置き換えても、「声を出そう」とコーチングすれば活気が出る男子とは違い、女子はつまらないと感じる練習や意味がわかっていない練習で声を出す重要性や内容が理解できないから声が出せないのです。
ただ、なぜ声を出せば良いかが分かれば指導者が求める以上の物が返ってきます。そのため、田邊監督は「『ちゃんとやれ』のちゃんとって何? というのをかみ砕いて言語化できないといけない。やるべきことを言葉に明確しないと指導者とのズレが生まれて上手く行かないのだと思います」と口にします。
■"知っている"と"できる"は別物。変えるには指導者自身の経験が不可欠
サッカーの面では心にゆとりが生まれた田邊監督ですが、現在は新たな悩みがあると言います。「サッカー面では許せることが増えた分、学校生活の面での部分はしっかりと締めたい。ただ、そのバランスが難しい」。
「オラオラ系」指導者だった以前と比べて選手を叱る機会は減りましたが、今いる選手がこれまでの姿を知りません。「私的には柔らかくなったつもりでも、選手にとってはまだ怖いみたいで(笑)。サッカー面で叱る回数は減ったのですが、日常生活の部分でやれていないことを注意したら選手がビクッとするのが分かるんです。怖いと思われ距離を置かれてしまったら、伝わる物も伝わらなくなるので、そこのバランスの取り方は悩みどころです」
選手の足りない部分を指摘する際に優しい言い方を意識しているつもりでいても、伝える内容は選手の欠点を指摘しているため、指導者が思っている以上にきつく受け取られるのでしょう。今の田邊監督が意識しているのはズバッと指摘するのではなく、本人が足りない部分に自ら気付けるような言い回しができるかどうか。「『私はここが足りてないんですね』と自分から言い出したり、自ら欠点を克服する努力ができるようになる選手を増やすのが本当の教育ではないかって思うんです」。
これらの考え方は知識として頭にあっても、実体験が伴わないと腑に落ちず自らの考えとして身に付かないのかもしれません。
「知っている」と「できる」はまた別物なのです。様々な情報が簡単に手に入る現代は、知っただけで満足している人も多いのではないでしょうか。
しかし、その情報を子どもたちが役立つ物に変えるには、大人に経験が必要なのかもしれません。
田邊友恵
日ノ本学園高等学校サッカー部監督。東京女子体育大学サッカー部時代には、関東大学女子サッカーリーグにて得点王、ベストイレブンに選出。2002年結成の「アルビレックス新潟レディース」初期メンバーで、FWとして活躍。2007年現役引退。2008年よりJAPANサッカーカレッジレディースの監督に就任。2012年より現職に。