インタビュー
2021年5月18日
「怒らずにどんな声掛けをすればいいのか」まで踏み込むことで、雰囲気が一変。益子直美カップで起こったポジティブな変化とは
現役時代はバレーボール選手として全日本に選ばれ、引退後はタレントやスポーツキャスターとして活躍中の益子直美さん。自身の経験から『監督は怒ってはいけない』をテーマにした『益子直美カップ』を主催しています。
インタビュー後編では、益子カップを通じて感じた、指導者や保護者の変化についてうかがいました。
(取材・文:鈴木智之)
<<前編:昭和の高圧的な指導から脱却すべき。益子直美さんが「監督が怒ってはいけない」大会を開催する理由
■高圧的な指導を受ける中で、自分で考えることをしなくなった
学生時代は指導者の高圧的な指導が原因で、「自分で考えることをしなくなった」「バレーを楽しいと思ったことは一度もなかった」と話す益子さん。そのような経験をする子どもをなくしたいという想いから、『監督は怒ってはいけない』というルールのもとで運営される、益子直美カップを主催しています。
大会を通じて様々な指導者と接する中で、参加者の意識の変化を感じることも増えてきたようです。
「ある監督さんは『怒ってはいけない』というルールのもとで、子どもたちに何と声をかけていいかがわからず『タイムアウトをとったけど、何も言葉が出てこなかった』とおっしゃっていました。私が『普段はどのような声をかけているのですか?』と尋ねたら『なんでミスをしたんだ』『もっと気合を入れろ』など、怒りをベースとした声掛けをしていたそうなんです」
■「監督が怒ってはいけない」大会で指導者自身にも気づきが生まれる
益子カップのルールによって、普段通りの接し方ができなくなった指導者は、指導を見直す必要性に迫られました。
「その方は大ベテランの指導者だったのですが、『試合の後に、どんな声をかけたらいいですか?』と私に聞いて来られました。そこで『先生は、子どもたちにどうなってほしいですか?』と質問をしたら『次はもっとがんばりたい、勝ちたい気持ちになってほしい』とおっしゃいました」
益子さんはその監督と対話を続けることで、「子どもたちのモチベーションを上げる言葉をかければいいんだ」という考えを引き出し、最終的には「試合の中では、できたところ、良いところもたくさんあった。そこを見て、褒めてあげれば良かった」という視点を導き出したそうです。
「その指導者の方には『試合に負けたときほど、ポジティブなフィードバックをしてあげると良いのではないですか?』 と、お話をさせてもらいました。指導者のみなさんは、子どもたちを良くしたい、もっと上手くしたいという気持ちと情熱を持って、指導をしています。そこで、怒りという手段でしか気持ちを伝えたり、指導をすることができないのはもったいないですよね」
■怒らずにどんな声掛けをすればいいのか、まで踏み込む
さらに、こう続けます。
「70歳近い、大ベテランの指導者が怒らないことにチャレンジしてくれて、頭を下げて『どんな声をかければいいですか?』と聞いてくれたことは感動的でした。益子カップを続けてきて良かったなと思いました」
益子カップでは、大会の合間に選手、指導者、保護者を集めて、セミナーを開催しています。そこでは、スポーツメンタルコーチの資格を持つ益子さんが話をしたり、スポーツ選手に向けて、ポジティブな言葉をかける『ペップトーク』の講演を開催(先生をよんで)したりと、「怒らないこと」だけを伝えるのではなく、「怒らずに、どんな声掛けをすればいいのか?」まで踏み込んだアプローチをしています。
「益子カップは『子どもたちに、楽しいスポーツの場を』がコンセプトなのですが、それに付随して、指導者に気づきを与えることができればと思っています。私はアンガーマネージメントの勉強もしてるので、『怒りとは何か』『怒りっぽい人は、言葉のボキャブラリーが少ない』といったように、『なぜ怒るのか?』を理解してもらえるような取り組みもしています」
■保護者は子どもたちが話しやすい環境を作ってあげてほしい
ペップトークのセミナーをした後のコートでは、保護者が積極的にポジティブな言葉を使い始め、それが子どもたちに伝播し、良い雰囲気の中で試合が行われていったそうです。このように、子どもたちの成長のためには、指導者だけでなく、保護者の関わりも重要です。
「保護者の方は、最初から頭ごなしに否定するのではなく、子どもたちが話しやすい環境を作ってあげてほしいと思います。私が子どもの頃はとくにそうでしたが、考える機会を与えられず、ああしろ、こうしろ、これやっちゃだめ、そこに行ってはいけないと、禁止事項で育ってきました。バレーも同じで、自分で判断して何かを決めるということが、ほとんどありませんでした。『買い食い禁止』と言われても、なんで禁止なのか、理由を考えることもなく、『ルールだからダメ』と従っていました。それでは自主性も主体性も生まれませんよね」
■なんでも管理しルールで縛ることは、成長の機会を奪いかねない
子どもたちに『考える力』をつけさせるためには、答えを言ってやらせるのではなく、まずは子ども自身の考えのもとにやらせてみて、だめだったらどこを改善すればいいかを考えて、またチャレンジする。その繰り返しが必要です。
「部活でSNSを禁止されているところもありますが、コロナ禍で大学や企業のリクルーターさんはスカウトができないので、SNSを通じてコンタクトをとることもあります。SNSは上手に使えばプラスに働くのに、『SNS禁止』と、大人の考えでただ禁止されているところも多いです。そこは子どもたちに判断させる機会を作ってあげてほしいですし、何でも管理し、ルールで縛ることは、人として成長する機会を奪うことにもなりかねないと思います」
■サカイク10か条に共感。バレー界でも......
サカイクでは『子どもが心からサッカーを楽しむための10箇条』を掲げています。根底にあるのは「長い目で見て、子どもの成長を見守ること」です。益子さんはサカイク10箇条について、次のように話してくれました。
「子どもの気持ちを一番に考えるところに感動しました。これを参考に、バレー界でも作ってみてもいいのかなと思います。海外にもこのような標語はたくさんあるので、参考にさせてもらっていますし、益子直美カップでも取り入れてみたいです」
スポーツメンタルコーチとしても活動し、指導現場に入る中で「高圧的な指導で結果を出してきたという、成功体験を持っている人たちの考えを変えるには、時間が必要」と感じている益子さん。「変化には痛みを伴いますが、時間をかけてわかってもらえれば」と考え、日々、取り組んでいます。
サカイクも、益子さんの今後の活動に注目していきたいと思います。
益子直美(ますこなおみ)
東京都生まれ。中学入学と同時にバレーボールを始め、高校は地元の共栄学園に進学。春高バレーで準優勝し、3年生の時に全日本メンバー入り。1980年代後半から1990年代前半の女子バレーボール界を席巻した。卒業後はイトーヨーカドーに入団。全日本メンバーとして世界選手権2回、W杯に出場。現在はタレント、スポーツキャスターなど幅広く活動中。2019年にはどうしたら怒りや感情をコントロールできるのかを学ぶ「アンガーマネジメント」の資格を取得し、益子直美カップなどでも指導者に向け講習会を開催している。