サッカー豆知識
2018年6月14日
ボールがあることは当たり前じゃない。何万人もの思いを超えて、あなたの手元にボールが届く
前回はボールの成り立ちに迫りましたが、皆さんが普段から使っているボールについて考えるきっかけになったのではないでしょうか。そこで今回は「ボールがどうやって手元に届くのか」を考えてみます。
吉野源三郎さんが1937年に出版された『君たちはどう生きるか』には、子ども、親、祖父母といった世代を超えて共感されるメッセージがあり、世間で大きな話題を集めています。その中のエピソードの一つに、主人公が粉ミルクが手元に届くまでの道のりに思いをはせるシーンがあります。たくさんの人が携わり、それらすべての人が自分とつながっていると感じることは、物事への感謝の気持ちを思い出させてくれます。
ボールも同じです。現代社会では当たり前のように手にすることができて、当たり前のように使っていますが、皆さんが蹴るまでには本当に多くの人が携わり、そこには作り手の思いも詰まっているのです。
前回に続いて、天皇杯・皇后杯の公式試合球なども手掛けてきた世界的なボールメーカー「モルテン」で開発に携わる内田潤さんの話を聞きながら、そんな"ボールの原点"を感じてもらえたらと思います。
(取材・文:本田好伸)
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■ボール一つに何千、何万もの人が関わっている
真球性や正確なインパクト、耐久性、吸水性など、様々な条件を追求しながらボールが作られていることは前回の記事でも触れましたが、その製作過程には様々な人が関わっています。
「ゴムなどの材料は海外で調達して、それをタイや中国などの工場でボールの状態まで作ります。それで空気が入っていない状態のものが船便で日本に届きます。モルテンは静岡に倉庫があるので、そこで空気を入れて、不良がないかなどの外観チェックをします。他にも、空気の漏れや空気を入れるバルブにも針を刺して確認します。そこで問題がなければフィルムでラッピングして店舗に納品します」
(内側のゴムチューブは、芝用と土のグラウンド用で素材が異なる)
日本で企画されたボールは、海外で製品化されて、海を渡って日本に届き、商品となって店頭に並びます。少し想像してみてください。ここまでにどれくらいの人がボール作りに関わっているでしょうか?
「モルテンでは自動車部品などの社員もいるので参考程度ですが、グループ全体で4000人が勤務していて、最も多いタイでは2000人が働いています」
純粋にボールの製造だけで何千人もの人が関わっていますが、原材料となるゴムを作る工場にも多くの人が働いているでしょうし、船便の積み込みや運搬に従事している人もいるでしょう。それに、日本の倉庫を離れた先にも、店舗に届ける人や販売をする人など、挙げたらキリがないほどの人が関わっています。
モルテンでは、サッカーだけではなく、バスケットボールやハンドボール、バレーボール、フットサルボールなど、あらゆる競技のボールを作っていますが、検定球として試合で使われているボールのシェア率は世界で13パーセントにも上るそうです。これは非常に高い数字ですが、一方で、残りの87パーセントは他メーカーのボールがシェアしているということ。つまり、モルテンだけで数千人が携わっていることを考えると、世界的には何万人もの人が、ボール作りの過程で関わっているということになります。
■ボールを大切に扱うということ
しかもボールは、一つ作ったら終わりではありません。トップカテゴリーだけではなく、5号球、4号球、3号球など各年代ごとのサイズや、トレーニング用の特別なボール、それに「ペレーダ」や「ヴァンタッジオ」といったコンセプトや機能の異なるボール......。これまで何万、何千、何億のボールが作られてきたのでしょうか。大切なのは、その一つひとつに、作り手の思いが込められているということです。
(モルテン東京本社の一室には、これまで製造された様々なデザインのボールが飾ってあります)
「日本代表などのトップカテゴリーや大きな公式戦などで使われているのはものすごく嬉しいことです。ただ一方で、登校前にボールを蹴っている子どもや、親と一緒にボールを公園などで蹴っている、その隣にモルテンのボールがあることがすごく嬉しいんです。うまくなりたいと頑張っているシーンや、親子で楽しんでいる光景を見るとすごく励みになります。モルテンが掲げているFor the real gameとは、トップのことだけではなくて、日常の空間にあるものです。だから子どもたちが成長していく過程において、いつもそばにあることが嬉しいんです」
内田さんがそう話すように、ボールは日常生活の中にあるものです。世界的にファンを持つ人気漫画『キャプテン翼』の主人公の名セリフ「ボールは友達」は、誰にでも当てはまることではないでしょうか。