サッカー豆知識
2018年8月23日
ドリブル、リフティング... 幼少期サッカーの技術練習しかしないと運動器機能が老人並に!? 中学以降も活躍するために大人が知るべき事実
日々、熱心にサッカーに取り組む子どもたち。その結果、「足でボールを扱う」というサッカーの技術は高まる一方、ベースの体力運動能力は低下しているという、不思議な現象が起きています。
ジュニア年代において「サッカーの練習だけをすれば、サッカーがうまくなる」というのは真実なのでしょうか? いわきスポーツクラブ育成アドバイザーの小俣よしのぶ氏に訊きました。
(取材、文:鈴木智之)
<<前編:「夏にサッカーが上手くなる」は嘘!? 子どもの身長を伸ばしたいなら夏休みは「休み」が正解
■世界のトッププロは幼少期サッカー以外のスポーツ時間の方が長い
平日はクラブの練習とスクールに通い、週末は試合。そのような生活を送っているサッカー少年・少女はたくさんいます。しかし、小俣氏はその現状に警鐘を鳴らします。
「ドイツの大学の研究者が行った調査で、ブンデスリーガでプロになった選手、ドイツ代表になった選手、アマチュア止まりだった選手が育成年代でどの程度、サッカーの練習をしていたかを調査したのですが、ドイツ代表などトップレベルになればなるほど、サッカー以外のスポーツを長時間やっていたことがわかりました。11歳のときのデータを見ると、年間100時間はサッカー以外のスポーツをやっていたんです」
このデータの中には、クラブでサッカーの練習をする以外に、公園や道端でサッカーをする「ストリートサッカー」なども含まれていますが、トップレベルの選手たちは、クラブでサッカーの練習ばかりをしていたわけではないことがわかります。たとえばドイツ代表のGKノイヤーは少年時代にテニスをしていましたし、シュバインシュタイガーはスキーの選手としても活動していました。
■ベルギーのサッカー少年少女は11歳で週5時間
「同じようにベルギーのデータもあるのですが、1週間あたりのサッカーの個人練習の時間は11歳で週に5時間程度となっています。これはクラブの練習以外で、個人的にサッカーの練習に取り組む時間です。16歳になると急に練習量は増えるのですが、その段階でプロになれそうな子とそうでない子が選抜されるからです」
小俣さんによると「16歳頃までに、練習量をコントロールすることは、子どもの成長という視点から見ると理にかなっている」といいます。
「身長が大きく伸びる時期というのが、15、16歳頃(※日本人は1、2年早い)までなのですが、第二次性徴期が終わる頃からサッカーの練習量を増やしています。つまり身体がある程度成長し、強度の高いトレーニングに耐えられるようになってから、練習量を増やしていくわけです。日本の場合は逆ですよね。小、中学生の時に、たくさんサッカーの練習をします」
正しい休息や栄養の知識のもとに練習をすればよいのですが、現状のジュニア年代でそこまで理論が浸透し、実践されているかというと疑問符がつきます。栄養、休息に目を向けずに、成長期にある子どもにハードなトレーニングをさせると、当然ケガのリスクが高まります。
「身長が伸びるとは、骨の成長です。骨は骨幹と呼ばれる骨の中央から伸びます。骨の先端は骨頭と呼ばれており、子どもの時は骨幹と骨頭の間に隙間があります。この隙間を骨端線と言います。子どもの時は骨幹と骨頭が繋がっていないんですね。骨端線は軟骨なので柔らかく、激しい運動をすると骨折などをしやすく、少しの負荷などによって損傷することもあります。そして骨端線の部分が折れたりすると、身長の伸び、言い換えると骨の健全な形成などに影響することもあるようです」
成長期の子どもに過度な負荷をかけない。これはドイツやオランダなど、ヨーロッパの国では当然のこととされています。しかし、根性論がいまだ蔓延する日本では「辛い練習に耐えるのが美徳」といった価値観のもとでトレーニングがされている場面も少なくありません。
「百歩譲って、そのトレーニングがサッカー上達のためになっていればいいのですが、偏った練習をしすぎて、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)になっている子が、とくに小中学生に増えてきています」
■サッカーだけしかやらないと他の運動機能が低下
ロコモティブシンドロームとは、骨や関節、軟骨、椎間板、筋肉などの運動器に障害が起こり、「立つ」「歩く」といった一般生活を送るために欠かせない機能が低下している状態のことを言います。ロコモティブシンドロームのチェック項目には「片足で5秒立つ」「手を正面に伸ばしてしゃがむ」「肘を引いて前に出すグーパー」などがあり、一般的に老人になりやすい症状ですが、サッカーなどのスポーツに専門的に取り組んでいる子どもの中にも機能性障害の子が増えてきているそうです。
「いわきFCのコンバイン(入団テスト)を受けに来た選手の中にも、身体が硬い、しゃがみづらい、腰痛、アンバランスな体型などの状態が多く見られました。そうなるとサッカー以前の問題ですよね。週に10時間以上、サッカーの練習をしている子の中にもそういう子がいたという報告がNHKの番組でも紹介されていました。ドリブルなど足でボールを扱う動作を繰り返し行っているので、サッカーに必要な能力しか発達せず、他の身体部分の機能や身体操作性、体力が健全な発達をしない。4種(小学生)のときにはボール扱いが上手い子として活躍できるかもしれませんが、身体感覚や運動体験が乏しいと、大人になったときに高度なサッカーの技術を身につけることが難しくなります。結果、4種でしか通用しない選手になってしまうのです」
■ドリブル、リフティングの習得に集中するのが危険な理由
そうは言っても「ボールを足で使う器用さは、子どものときにしか身につかない」というのは、よく聞かれる言葉です。「小学生のときこそボールタッチを徹底的にやる!」という考え方は間違っているのでしょうか?
「サッカーに限らず、たとえばバットやラケットでボールやシャトルを打ったり、ボールを投げたりキャッチするといった、道具を操作する能力は子どものときに身につける必要があると考えられています。足でボールを操るのも同じことなのですが、そのためにドリブルやリフティングばかりをしていればいいのかというと、そうとも言えません。ドリブルの操作性は高まりますが、他にサッカーに必要な要素であるダッシュやキックをするための下肢の筋力や可動性、さらに上半身の筋力が低下します。ドリブルばかりをしていると、脳が『それ以外の運動は必要ない』と判断し、他の運動のための神経回路を作らなくなるからです。その結果、運動機能の偏りが進み、気が付いたら片足立ちができない、しゃがんだ後に手を使わずに立てないといった、ロコモティブシンドロームの子が出てしまうのです。若年層のサッカーでの怪我は当然、下半身に多いのですが次に多い部位が上肢です。コンタクトされ転んで地面に手をついたら腕や鎖骨を骨折した、あるいは顔面から地面に激突したという話もよく聞きます。転んで怪我をするのはご老人だけではなくったということですね...」
小俣氏が育成アドバイザーを務めるいわきFCでも同様のことが起こり、中学1年生にスポーツテストをすると、「上半身の筋力と下肢のパワーが弱くて、身体が硬い、偏った体型の者が多く、さらに体幹の力と持久力は成人並みの者もいました。4種のサッカーに必要な部分や集中的に鍛えられた要素しか高まっていなかった」と言います。
「それもあって我々は、基礎的な体作りと身体感覚養成から始めたのですが、いまでは多くの子ども達が器用に身体を動かすことができるようになり、体型も整い、身長も伸びてきました。いわきFCは『いまサッカーが上手い子』を育成するのではなく、『スポーツ万能や10年後にトップアスリートになれるように』という視点で育成をしています」
外で遊ぶ時間も、場所もなくなった現代。子どもの体力運動能力低下は避けて通ることができない問題です。ロシアW杯を見てもわかるとおり、サッカーのトップレベルにおいて「選手のアスリート化」は避けられません。そうであるにも関わらず、運動環境が低下するという逆行現象が起きる中、指導をする大人が正しい知識、理論のもとに子どもたちを導いていくことが、「プロになりたい」「海外でプレーしたい」「日本代表になりたい」という夢を持つ子どもたちをサポートすることに繋がります。
はたしてそのトレーニング、考え方は、将来の子どもの成長にリンクしているのでしょうか。それらを改めて見直すのも、大切なことだと言えそうです。
<<前編:「夏にサッカーが上手くなる」は嘘!? 子どもの身長を伸ばしたいなら夏休みは「休み」が正解
小俣よしのぶ
いわきスポーツアスレチックアカデミーアカデミーアドバイザー、石原塾アドバイザー、スクール技術部統括マネージャー
筑波大学大学院修了。30年以上に及ぶスポーツトレーニング、強化育成システムの指導、教育、研究実績を有する。プロや社会人からジュニアユースまで幅広い年代の指導経験を持つ一方、東独・キューバなどのスポーツ科学を中心とした育成強化システムの専門家として研究している。
アカデミーアドバイザーを務める「いわきスポーツアスレチックアカデミー」では運動スキルを身につけながら体を鍛えるトレーニングの指導に携わっている。
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