サッカー豆知識

2019年9月24日

浦和が生んだサッカー人・落合弘キャプテンが"一生懸命"伝え続ける、楽しむことの大切さ

前編では、人気も実力も兼ね備える浦和レッズはなぜ、勝利を最重要視しない活動をするのかというテーマをもとに、2003年に始まった「浦和レッズハートフルクラブ」の活動の背景を紐解きました。クラブから「浦和」というまちへの恩返しの形が人々をつなげていき、子どもや関わる人の心を豊かにしていくというものでした。

その手段の一つが、浦和のまちとクラブを絶対的につなぐ「サッカー」です。

しかし、この活動はサッカーの技術や勝利を最重要視していません。では、浦和レッズハートフルクラブはどんな狙いを、どのように伝えているのでしょうか。そのキーマンは、紛れもなく落合弘キャプテンです。後編は、落合氏の生き様とも言える活動そのものに焦点を当てながら、すべての人に考えてもらいたいテーマに踏み込みます。

(取材・文:本田好伸)

 

<<前編:浦和レッズはなぜ、"勝利を最重要視しない"活動を続けるのか? 


浦和レッズハートフルクラブの落合弘キャプテンが伝えていることとは......

 

■諦めずに頑張った先に、初めて成果がある

落合氏は、埼玉県の強豪・浦和市立高校時代に高校選手権にレギュラーとして2大会連続出場し、日本ユースにも3年連続出場(高校2年、高校3年、社会人1年)、東芝堀川町サッカー部から移った三菱重工業サッカー部で日本サッカーリーグに参戦、その後、日本代表のキャプテンに上り詰めました。現役引退後は1988年から92年まで日本代表コーチ、92年から93年まで浦和レッズのコーチを務め、2010年には日本サッカー殿堂入りした、日本フットボールにおける偉大な人物の一人です。

ただ意外にも、小さい頃から「サッカー選手」を目指してきたわけではありませんでした。

「浦和では、みんなサッカーをしていましたからね。でも、昔は野球をしている子が多かったので当然みんな野球もしていました。それで、運動神経が良いやつは、中学ではだいたい野球部に行くんですよ。でも私はなぜか小学6年生の時の担任の先生に、『中学ではサッカーをやれ』って言われたんです。サッカーに進んだキッカケはそんな感じでした。それで3年間頑張って、高校は手に職をつけるために川口工業高校を希望していましたが、学力的に難しいなと考え、自分の学力で確実に合格できそうなのはどこか。それが浦和市立高校だったんです(笑)。そうしたらサッカーが強かった。決して大きな夢があったわけではないんです。今を頑張るという、ただそれだけでした」

落合キャプテンは、「夢を持つことは大事ですが、浦和レッズハートフルクラブの活動では『夢は持ったら金庫にしまえ』と話しています」と言います。「夢ばかり見ると今をおろそかにしてしまう」ということは、キャプテン自身が意識していたことなのだそうです。

高校時代にその名を轟かせたキャプテンですが、卒業後は会社に勤務しながらサッカーを続けていました。その頃もまだ、サッカーを職業として捉えてはいなかったそうですが、最大の転機が訪れます。1966年のロンドンW杯。同大会期間中に行われた、日本代表の欧州遠征メンバーに選ばれていた落合キャプテンは、旧ソ連、英国を訪れ、イングランドの優勝で町中がW杯一色に染まっている光景に驚愕しました。

サッカーってすごいな。面白いな。自分ももっと力を入れないとな」

その時、落合キャプテンの金庫に仕舞われていた夢が、明確に「サッカー」になったのです。こうして歩んできた道のりが、そのまま浦和レッズハートフルクラブで伝えているメッセージにつながっているのです。

・一生懸命やる
・楽しむ
・思いやりを持つ


この活動では今、「上手くなる」ことよりも上記の3つを大事にしています。これはすべて、落合キャプテンが人生の様々な岐路において、その一瞬一瞬で向き合ってきたものと重なるものでした。

「一生懸命やることは大変だし、つまらないこともある。でも一生懸命やることを楽しめる人になろうと伝えています。本物のプロは、辛くてもしんどくても、一生懸命やって、そして楽しんでいます。子どもにはそれでいつもカズ(三浦知良選手/横浜FC)の話をします。彼は本当に、頑張りますよね。努力し続けている。しかも明るくね。そういう子どもになってほしいんです。日本の今の子どもにはそれが大切だと思うし、それができたら人は成長していきます」

落合キャプテンはいつも、子どもと真剣に向き合いながら、自分の話をするそうです。

「サッカーでは芽が出なくて、諦めようかと思ったこともあったけど、サッカーが半端ではなくて好きだから続けてみようと頑張った。だから、『諦めないで続けていけば、絶対に成果が出る』ということを伝えます。でも、『それは、サッカーの世界ではでないかもしれない』ということも忘れずに言います」

落合キャプテンのメッセージは、サッカー選手を目指したからサッカー選手になれたということではなく、今を一生懸命に頑張り続けたからこそ、その先の成果がサッカー選手だったということ。子どもたちに伝えている「どんなに小さなことでもひたすら頑張ろう」という言葉は、そういった意味なのです。

「何かを達成して、なんでこんなに嬉しくなるんだろう、それは諦めなかったからだと気がつく。その成功体験から、諦めなかったからこの経験に遭遇できた、諦めずに一生懸命やることは楽しい、となるんです」

この一生懸命は、「一生懸命考えること」と「一生懸命行動すること」の2つがそろう必要があると言います。「子どもたちが真剣に話を聞いてくれることには感謝していますが、それだけでは『一生懸命行動しているだけだぞ』と。自分や相手の立場に立って考えられないと、サッカーも上手くなりませんから」。

特に、インターネットやスマートフォンなどの普及で便利になっている現代だからこそ、そう強く感じるそうです。

 

■大人は言うべきことを言わないといけない

落合キャプテンの浦和レッズハートフルクラブでの活動は、子どもに対して実施するものだけではありません。学校訪問などを見に来た親御さんも対象となります。

「必ず保護者を集めて話をしています。みなさん、子どもを見に来ているわけですから、連れ出すと最初は明らかに不満そうな顔をされますね(苦笑)。でも子どもが見えない場所で話をします」

その場では、浦和レッズハートフルクラブがどんな狙いを持って、子どもたちに何を伝えるかを話すそうです。それは、浦和レッズの活動の真意を知ってもらうことはもちろんですが、その裏には、親御さんたち自身にも、子どもとの向き合い方を考えて、実践してほしいというメッセージが隠されています。

「とある幼稚園を訪問した際に、園長先生に『子どもにそんなことを言っても難しくて理解できないのでは』と言われたことがあります。でもその時分からなくてもいい。大人は言うべきことを言わないといけないですから。それを、子どもだから理解できないだろうとやめてしまっては、それが分からないまま育ってしまうかもしれません。中には、どんなに小さくても理解する子どももいますからね。こちらから言わない手はありません」

 

■「日常的な部分を残しても仕方がない」エネルギーあふれる73歳のキャプテンの真剣さ

落合キャプテンはそうやっていつも、子どもと真剣に向き合い、一生懸命に自分のことを伝えるからこそ、それが子どもに伝わり、それが目に見える形で返ってきているのです。実際に、16年間続けてきたなかで、最初の頃に出会った子どもが、訪れた先の学校で教育実習生として赴任されていた例などもあるそうです。

『浦和レッズの人が来る』とだけ聞いている子どもたちはたいていいつも、『誰?』っていう顔をするんですよ(笑)。でも、それも含めて、『君たち、よくわからないおじいさんが来たと思っただろ! あの人何歳かな、と思っているだろ? 73歳だ。いきなりなんでこんな話をするか分かるか? 真剣な話をしたいからだ』って言うと、ガラッと表情が変わります。大切な話をしたいから、頭の中で本当は何歳なんだろうとか、誰なんだろうって思われるのが嫌だから最初に言うんだ、って」

失礼を承知で言えば、今の小学生の前に落合弘キャプテンが現れても、それが誰だか分かる子どもは多くないでしょう。しかし、そんなことはおかまいなしに、子どもの心にグイグイ踏み込んでいくのが落合流。

「日常的な部分を残しても仕方がない。浦和レッズハートフルクラブは、非日常を提供するためにやっていますから」とエネルギッシュに話すその姿は、確かに73歳という年齢を微塵も感じることができません。

「偉そうにしている子がいても、チームを応援させますし、応援しない子は説教です(笑)。チームが一つになることは何よりも大事ですから。そんなに仲良くないとか、壁があるのかもしれませんですが、『くだらないとか、恥ずかしいという感覚があるかもしれない。でもそれを乗り越えろ。乗り越えると、その向こうにいいものがあるんだ。偉そうにしてたらそれを拾えないぞ。大きくなれないぞ。やるんだ、やれー!』って伝えてやらせます。激しいですよ(笑)」

一生懸命やること、楽しむこと、思いやりを持つこと。そのすべてがやはり一つのキーワードでつながります。「ハートフル」。辞書を引けば、そこには「(心からの、心の込もった、の意)優しさがあふれているさま。愛に満ちているさま」とあります。

時に厳しく、時に優しく、時に温かい、その活動は、サッカーが大好きで、サッカーに一生懸命で、そして人との関わりが大好きな73歳のキャプテンが、浦和レッズハートフルクラブのコーチングスタッフ陣とともに築き上げてきたもの。

その活動意義は、浦和レッズという一つのサッカークラブだけにとどまるものではなく、日本中の多くの人に届けたい心のあり方でもあるように感じます。

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