こころ

2014年2月 5日

若きバルサの選手たちが見せた、世界に賞賛されたフェアプレーとは

 サッカーを通じて子どもたちに伝えたいフェアプレー。フェアプレーの精神はどんなに時代が変わっても、技術が進歩してもずっと変わらない、サッカーの「根っこ」の部分です。

 
 以前、フェアプレーの選択肢についてみなさんにある問いかけをしました(あなたならどうする? 海外選手に学ぶフェアプレーの選択肢)。プレーオンの状態でピッチにケガ人が出た場合、プレーを止めた方がいいという人もいましたが、自分で判断せずプレーを続けるという人も多かったようです。では、こんな場合はどうでしょう?
 

■シュートチャンス! その瞬間目に入ってきたのは倒れたGK

 舞台はスペイン、世界的名クラブ、バルセロナの17歳から20歳での選手たちで構成されるフベニールBの試合中のことです。
 
 味方陣内からクリアされたボールが、DFのあなたのところに転がってきました。ゆっくりとラインを上げる相手の守備陣ですが、ふと見るとゴールまで一直線にがら空きのコースが見えます。
 
「ここはシュートだ」そう思い、左足を踏み込んだ際に視界の先にあったのは倒れているGKの姿でした……。
 こんなときあなたならどうしますか?
 

■バルセロナの若き紳士たちが見せた行動

 これは2011年にスペインで実際に起きたシーンです。バルセロナの右サイドバックの選手は、GKが倒れていることに気づかなかったのか、転がってきたボールを低くて早い弾道でゴールに正確に蹴り込みました。ボールはゴールネットを揺らしましたが、得点者であるサイドバックの選手はGKが倒れているのをはっきり確認して喜びを表すでもなく足早に歩いて行きます。
 
 GKはボールがクリアされた時点ですでに倒れていたのですが、角度をつけてゴールを見ていたサイドバックの選手からこの状況を正確に把握するのは困難です。レフェリーの笛なしにプレーを止めるのは難しいと言わざるを得ないでしょう。
 
 結局、得点はそのまま認められます。しかし、この話はここでは終わりません。大事には至らなかったGKが復帰し、試合が再開されるとバルセロナの選手たちはドリブルをする相手選手にディフェンスをせずにそのまま通過させたのです。悠々とドリブルでボールを運び、難なく1点を返す相手の選手。
 
 若きバルセロナの選手たちは、フェアプレーの精神に基づいて、GKの負傷で不意に得た1点を「返却」したのです。
 
 この一部始終は、バルセロナのオフィシャルチャンネルの動画でも確認できるのでぜひご覧ください。
 
 

■勝敗よりも大切なもの

 サッカーではレフェリーがプレーを止めない限り全力でプレーすることも美徳とされています。以前ご紹介したパオロ・ディカーニオの例のように、自分の判断でプレーをやめることはなかなか難しく「ケガ人が出た場合はプレーを止めよう」と子どもたちに伝えるのも難しいことなのかもしれません。
 
 バルセロナの若者たちが見せたプレーは、フェアプレー精神を守るためのひとつの手段ではないでしょうか。ある意味日本以上に勝負にこだわるスペインで、1点を返す判断をするのは難しい決断だったのかもしれません。しかし、人間教育を大切にするバルセロナの哲学から言っても、相手を尊重するこの選択は正しかったと言えます。
 
 動画でもスタンドにいた観客からは歓声が上がり、賞賛の声がそこかしこで聞こえているのがわかります。このプレーは後に、国際スポーツ記者協会(AIPS)選定のフェアプレー賞を受賞することになります。世界中のサッカーに関わる人たちがフェアプレーの精神を大切にしている証拠でしょう。
 

■宿敵・マルディーニにインテリスタが見せたリスペクトの精神

 世界中で行われているサッカーの中でもひときわ激しく、ときには反則すれすれのプレーも厭わない「カテナチオの国」イタリア。セリエAは、本田圭佑選手、長友佑都選手が活躍することでもお馴染みのリーグです。世界一タフなリーグと称されるセリエAにあって、彼ら二人が所属するACミランとインテル・ミラノが戦う「ミラノ・ダービー」は、歴史と伝統を有する世界でも指折りの“ダービー”です。
 
 サポーターたちも特別な思いで迎えるため、ときにはヒートアップすることもあるこの試合ですが、2008-09シーズンのジョゼッペ・メアッツア(両チームのホームスタジアム、別名サンシーロ)は少し違う雰囲気に包まれていました。
 
 そのシーズンはミランの伝説的プレイヤー、パオロ・マルディーニの最後のシーズン。激しい攻撃をスマートな守備で摘み取り、攻撃に転じればサイドを制圧するマルディーニは、インテリスタにとっては天敵とも言える存在。これまでは幾度となくブーイングにさらされてきましたが、この日ばかりは様子が違いました。
 
インテルのスタンドには意外な横断幕が掲げられました。
 
「20年間、常にあなたはライバルでした。しかしあなたはどんなときもフェアな相手でした(20 anni da rivale..ma sempre un avversario leale)」
 
 ときに狂信的とも言える応援をするインテルのサポーターたちからの最上の賛辞でした。マルディーニは世界一タイトな守備で知られる国で、世界最高のDFとして認められながらも常にフェアプレーを心がけ、ライバルたちからも認められたのです。
 
 試合を終えたマルディーニはインテルのキャプテンで長年技を競い合ったサネッティと熱い抱擁を交わしました。
 
「私はパオロのことをサッカー選手としてだけではなく、男として人間としてもお手本と見ていました」
 
 マルディーニから“最後のダービー”のユニフォームを受け取ったサネッティはこう語ったそうです。
 
 キャリアを通じてフェアプレーの精神を体現したマルディーニと、その功績に“リスペクト”で応えたサポーターたち。“フェアプレー”と“リスペクト”。サッカーの根幹をなすふたつの大切な精神は、選手だけでも、レフェリーだけでもなし得ない、サッカーに関わるすべての人たちが一緒に創り上げていくものなのです。
 
 次回は相手を敬う、尊重する心、“リスペクトの精神”についてのエピソードをご紹介する予定です。
 
 
選手とサポーター、サッカーファミリーをつなぐリスペクトの精神>>
 
 
大塚一樹(おおつか・かずき)//
育成年代から欧州サッカーまでカテゴリを問わず、サッカーを中心に取材活動を行う。雑誌、webの編集、企業サイトのコンテンツ作成など様々 な役割、仕事を経験し2012年に独立。現在はサッカー、スポーツだけでなく、多種多様な分野の執筆、企画、編集に携わっている。編著に『欧州サッカー6大リーグパーフェクト監督名鑑』、全日本女子バレーボールチームの参謀・渡辺啓太アナリストの『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』を構成。
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