こころ
2014年7月30日
勝ちたいに決まっているから「絶対に勝つ」なんて言葉はいらない
■自然体の選手が活躍できた理由
――たしかに今回は自然体なタイプの選手が力を発揮した感じはありますね。内田とか、山口螢とか。
そうでしょう。気持ちがフラットで落ち着いているからといって、彼らが勝ちたくないわけじゃない。勝ちたいに決まっているから、そんなことをいちいち言わなくていい。「絶対勝つ」なんて言わなくていいんですよ。それをやっちゃうと、心の暴走が起こってパフォーマンスが落ちる。だからフラットに保つことを、よほど意識していないと。
あとはそういう苦しい場をブレイクスルーためには、若手を使うこともひとつ。桜木花道のように「ヤマオーは俺が倒す」という感じで、経験から生まれるものにとらわれていない選手は、組織のブレイクスルーができる。
――本田がチームの中心のままでは、まずいんでしょうか?
そう思います。個を強調しすぎで、かつポジティブシンキングすぎる。淡々とプロフェッショナルな個が集まって、それでパッとチームとしてやれるのならいいけど、それは日本人のチーム作りには向かないです。日本人は目に見えないチームワークみたいなものが特長ですから。
――本田は引きつける言葉を持っているし、影響力が強いですよね。もしもこれが個人競技で、本田だけがプレーしているのなら、何も問題はないわけですよね?
そう。そういうことです。本田が問題ではなく、そこにみんなが持っていかれることが問題。マネージメントする存在がいない。肩に力が入りすぎて、勝つ勝つと言い過ぎて、苦しいし、疲れる。みんなが期待してくれたことに感謝しながらやろうぜ、とか、ここで出来てることをありがたいと思ってとにかくやろうぜ、とか。そういうフラットな気持ちが大事です。
――ブラジルW杯までの4年間で、長友佑都の表情がだんだん本田に似てきたなと、個人的には感じていました。
だいたい世の中はそういう感じです。組織構造は2-6-2の法則だから、フロー、フラットなメンタルを作るのは2割くらい。6割はどっちでもよくて、2割はポジティブシンキング派だったりする。でも、だいたいポジティブシンキング派は強いから、6割がそっちにもっていかれる。フラットなメンタルは、あるがままに、禅的だから、影響力という意味では弱いんですよ。
――なるほど。難しいですね。
だからポジティブシンキング派の2割はそのままでいいから、この6割をいかにそこに持っていかれないようにするか。「自分たちはこういうフラットな、あるがままのチームで行く」と誰かが明言して、そういうチーム風土を作らなきゃいけない。それがなければ絶対にポジティブシンキング派にもっていかれるから。言葉が強いんですよ、どうしてもね。
――異端の本田を、ちょっと冗談でいじれるくらいでなければと。
そう。「はいはい、またポジティブやってますね」「雨は雨じゃん」とかね。メンタルは日ごろの思考の習慣なんですよ。メンタルって聞くだけで怪しむ人も多いけど。
■メンタルコーチのメリットとデメリット
最後に、もっと疑問なのは、そういうメンタル的な状況を整えるコーチ、フィジコ(フィジカルコーチ)だけじゃなくて、メンコ(メンタルコーチ)がなぜいないのかと。絶対に必要なんですよ。フィジカルもコンディションだけど、メンタルもコンディション。そこには専門家がいる。あのブラジルですら、とらわれていましたよね。ネイマールがいなくなって、みんながそれにとらわれる。ネイマールがいなくなったことより、キャプテンのチアゴ・シウバがいないことより、それにとらわれることがパフォーマンスを落とす。これは心理学の研究でわかっていることです。それを解放するためのメンコは必要ですよ。W杯でブラジルもメンコが帯同してましたが、そういったチームは少なくなかったと思いますよ。
――辻さんは、サッカー協会のS級ライセンスの受講者に、講義を行っていますよね? その様子はどうなんですか?
S級のコーチたちも賛否両論あります。日本は文化的に、病んだ心の専門家はいるんです。たとえば精神科とか心療内科とか。でも“メンタル”と言うと、マイナスなレッテルを貼られているんですよ。
最後の拠り所として、負けたらメンタルのせいにする、という風潮がどこかにある。それなら最初からメンタルを鍛えろよと思うけど、メンタルが敗因の逃げ場にされている。かつ、メンタルにはマイナスなイメージがあるから、そこを鍛えるのにも勇気がいる。
監督もメンタルに介入してほしくない。日本の場合は特に、それはコーチがやるものだと思っているから。
僕が見ているようなラグビーのチームだったら、監督が戦略を立てるけど、メンタルのコンディションは僕に任せてくれる。僕がどんなに選手と話しても、そこに信頼があるから。ザックさんはそんなことはないと思うけど、日本のコーチは囲いたがりが多い。選手は自分のものだと思っているから、メンタルの話をするコーチに持っていかれるのが嫌なんです。
――外国人監督の場合、メンタルに対するネガティブな思い込みはないと思うけど、言葉がわからないから、自分の知らないところでメンコに影響を及ぼされるというマイナス面もあるでしょうね。
そう。それはある。だから絶対的に、そういうことに信頼のある文化がなければいけないけど、僕はS級コーチに講義する機会はありますが、実際にそれがどれくらいあるのかはよくわからない。難しいところだと思います。外国人監督でも、メンタルの面は日本人コーチに任せるとか、そういう信頼が築けるチームになっていれば、できないことはないと思いますけど。
――なるほど。難しいところですね。しかし、こういう議論が出来ただけでも、今回のブラジル大会から得られるものは大きかったのではと個人的には思っています。ありがとうございました!
こちらこそ、ありがとうございました。
辻 秀一
スポーツドクター。株式会社エミネクロス代表。
1961年東京都生まれ。99年、QOL向上のための活動実践の場としてエミネクロスメディカルセンター(現:(株)エミネクロス)を設立。スポーツ心理学を日常生活に応用した応用スポーツ心理学をベースに、パフォーマンスを最適・最大化する心の状態「Flow」を生みだすための独自理論「辻メソッド」でメンタルトレーニングを展開。エネルギー溢れる講演と実践しやすいメソッドで、一流スポーツ選手やトップビジネスパーソンに熱い支持を受けている。現在、「辻メソッド」はスポーツ界だけではなく、そのわかりやすく実践しやすいメソッドに反響を得てビジネス界、教育界、音楽界に幅広く活用されている。またドクターという視点を活かし、現在は健康経営という考え方を取り入れた新しい企業の経営の在り方を、産業医として取り組み、フローカンパニー創りに大きな成果を上げている。辻メソッドの真髄を学べる「あなたの人間力を10倍高める心と脳のワークショップ」は、一流アスリートやトップビジネスパーソンから大学生や主婦、コンサルタント、経営者まで、老若男女が参加。心と脳の仕組みをわかりやすく、すぐに実践できるこのワークショップは毎回大きな感動を呼び、受講者から「世界NO.1」との声もあがっている。また、スポーツの文化的価値の創出を提供するNPO法人エミネクロス・スポ-ツワールドの代表理事もつとめる。複数のスポーツが1日で楽しめるスポーツのディズニーランド「エミネランド」や、スポーツを "する" だけではなく "聴く" "支える" という形でスポーツに触れる機会を独自の形で提供している。「スポーツを文明から文化」にする活動をミッションに一般社団法人カルティベイティブ・スポーツクラブを設立。2013年より日本バスケットボール協会が立ち上げる新リーグNBDLに東京エクセレンスとして参戦予定。