考える力

2012年5月 2日

「ギリギリの経験が子どもを伸ばす」ジュニアの指導者に大事な心構え

 
1999年にはヴィッセル神戸ユースの監督として、Jユースカップで優勝。現在は姫路獨協大学でサッカー部の監督を務める昌子力(しょうじちから)さん。各年代での指導を経験し、兵庫県サッカー協会の技術委員会委員長を始め、コーチ養成講習会インストラクターなど“指導者の指導者”を務める昌子さんが考える“指導者に大事な心構え”についてお聞きました。
 
 

■子どもは経験が必要。大人が先回りし過ぎてはいけない

――ジュニア年代で指導に必要な部分とは?
 
「僕がジュニア年代を見ていたのは指導者としてスタートを切ってすぐ、大学を出てすぐの頃です。手探りでやっている中で、根幹をなすものは言葉で言っても分からないから、身体で覚えるということが大事だと思いました。それは技術面でもそうですし、しつけを含め全ての面で。やっぱり物事は習慣化しないといけない。常日頃、学習をしていかないといけません」
 
――学習とはどういったものですか?
 
「良く言われる、二つの“しつけ”があります。ひとつは生まれてから教える“自立のしつけ”です。いわゆる生きていくために自立することを教えるのです。例えば排泄のしつけや食事のしつけ、そして布団を片付けるとか自分で身じたくをするとか、挨拶をするなどの基本的生活習慣の基礎となるものです。そしてもう一つがその年代以降、5・6歳もしくは小学校に入るくらいから教えていく “共生のしつけ”があります。人間社会の中で共存共栄をうまく成り立たせる方法などを教えるのです。簡単にいえば人の気分を害することをしないとか、人の迷惑になることをしないとかですね。そういうことを学ぶには他人が必要なのです。一人では学べません。つまり集団がないと学べないのです。それを学ぶ場がサッカーという集団(チーム)なんです」
 
――しつけのために指導者がすべきこととは?
 
「これは人間の基礎のしつけという意味では、とても重要なもので、こういうことをすれば人に不快感を与えるとか言葉で言っても中々、分からないですよね?子ども同士が悪気なく、発した言葉が案外、人を傷つけてしまったり、よくある話です。実は子ども達は“その時”には分からないけど繰り返すことで、『人を傷つけたんだな』『良くないことなんだ』ということを学ぶのです。この“時間”が本当は一番大切なプロセスなのです。答えを与えられただけでは本当の理解にはならないのです。
 
しかし繰り返しの経験をしてからでは遅い・・・と思い、言葉で傷つく程度ならまだしも怪我でもさせたりしたら一大事・・・と大人が介入してしまうのです。最近は自分たちで学ばないといけない段階、経験をしないといけない段階で親が介入するというのが物すごく多いですね。まず、子どもたちが思ったことをさせないと。それをどう方向づけするか、肉付けしたり、時には削いだり、それが指導者の仕事なんじゃないかな?と思います。ですから指導者は一般常識をきちんと身に付けている教育者でなければなりません。」
 
――監督が行ってきたアプローチとは?
 
「例えば雨が降っていると、皆、練習前に先に雨のかからないところへ荷物を置くでしょ?でも、晴れていると荷物をその辺にポンと置いておくんですよ。でも、練習中に雨が降ることもある。そしたら、子どもたちは「コーチ、荷物を濡れない所に置いていい?」って聞いてくるんです。それに対して、僕は最初「ダメ!濡れたらいい」と言っていたんです。子どもたちは“カバン濡れました。帰りの着替え濡れました”とか言うんですけど、「君たちの判断が誤ったんや。天候を予測して、次の行動をしいひんからや。もっと注意深く考えなとアカン」と。
 
でも、それを最初に子どもに言ったって、おそらく次の日、その次の日に“今日の天気どうやろ?”とは思わないですよね。一回痛い目に遭うと物凄く経験値として残ると思うんです。危険を犯すような体験ならともかく、服が濡れるくらいどうってことないやろうと言ったんですが、案の定、親御さんからクレームが来ましたけど(笑)それに対して僕は言い返しましたけどね。ちゃんとした意図があれば、親御さんも理解してくれると思います」
 
 
 

■子どもたちを楽しませながら伸ばす“ギリギリの経験”

――監督のアプローチは教えすぎと言われる日本の指導者とは逆ですね。
 
「答えを先に言わず、ちょっと目の前のヒントを小出しで与えて考えさせる。きっと、ジュニア年代を指導されているコーチたちは皆、ご存知だと思います。講習会でもそういうことを教わっているし、僕がいろんなコーチに聞いても、皆さんそう答えますけど、実際は出来ていないですね」
 
――それは試合中のコーチングも含めてでしょうか。
 
「試合中は監督が流れを止めてピッチに入れません。教えたい・言いたいこともあると思うので外からのコーチングが全く駄目とは思いません。でも、練習中は常に選手の側にいる(危ない時にはサポートに入れる)訳ですから本当に選手に言葉だけでなく経験学習をさせなければなりません。指導者だけじゃなくお父さんにもあるんですが、例えばミニゲームや1対1をやるでしょ?お父さんや指導者は必死になって、たいがい子どもに勝ちます。“どうだ。悔しいだろ?悔しいなら、もっと練習して勝ってみろ!”という理論。でも、それは子どもには向かないんです。いきなり高い壁を与えてはダメ。“よし、やってやろう”というくらいの乗り越えられる壁にしないと」
 
――確かに、練習で意地になる大人を良く見かけます。
 
「僕はずっとそういうずっとそれではダメだと思っていたから、息子(鹿島アントラーズのDF昌子源選手)が小さい頃に1対1で遊ぶ時は、息子の足が届きそうな所にボールをピョンピョンって晒しておいて、子どもがパンと足出しそうな瞬間に先にボールを触っていなしたり、時に獲られたりしていたんです。“こうすれば獲れる、勝てる”というギリギリの経験を知ってもらいたかった。もし、子どもがドリブルで向かってきた場合も無理に追いかけずにそれでいいと思うんですよ。“おぉ、良くやったな。うまいな”って誉めたら、子どもがニコって笑っていたのを良く覚えていますね。僕が息子に何かしたっていうのがあるなら、それだけです」
 
取材の中で昌子さんは「監督というのはアクターなんです」と話しておられました。「普段は子どもたちに思うようにさせて、ここっていうポイントだけ怒った“フリ”をするんです」と。豊富な指導経験を持つ昌子さんならではの“指導者の心構え”を皆さんも参考にしてはいかがでしょうか?
 
 
【昌子さんのインタビュー記事】
 
 
昌子力//
しょうじ・ちから
大阪体育大学卒業後の1986年に神戸FCのスクールコーチに就任。育成年代の各カテゴリーで指導を行う。1995年にヴィッセル神戸に移籍、1999年にヴィッセル神戸ユースの監督に就任すると、その年のJユースカップでいきなり優勝を果たしチームの礎を築いた。現在は姫路獨協大学のサッカー部監督としてだけでなく、准教授としても教壇に立つ他、日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチを歴任した後、兵庫県サッカー協会の技術委員会委員長を始め、指導者養成講習会インストラクターなど“指導者の指導者”を務める。
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