考える力
2013年5月16日
頭を鍛えればまだまだ伸びる!違いを生み出すコミュニケーション・スキル
JFAアカデミーで行われている「コミュニケーション・スキル(通称コミスキ)」の方法を活かす第3回の今日は「絵の分析」を中心に、子どもたちの考えを引き出す方法を考えて行きましょう。
■まずは肯定が大前提だけど…… 段階によって必要な大人の指摘
次の絵はミレーの『落穂ひろい』です。この絵を見て子どもたちはどのように分析できるでしょう?
「絵の分析」では、感想は求めません。自分が絵を観察して、場所、季節、天気、時間、人物、状況などについて考えたことを、その絵の中に描かれた事実に基づいて証明(論証)します。
当然年齢や知識、経験によって違いますが、小学校の低学年は「3人の人が何かを拾っている」というかもしれません。その場合すかさず、「どうしてそう考えたのか? どこにその証拠があるのか?」と問いかけます。すると、その程度の年齢の子供でも、「人物が地面に向かって手を伸ばしている」「人物が腰を折り曲げて地面から何かを拾おうとしている」などと証拠を挙げることができるでしょう。「ただし、小さいお子さんの場合は否定してはいけません。どんな意見でも、その考えを尊重し、どの事実を元にそのように考えたのかを聞いてあげるようにして下さい」
つくば言語技術教育研究所の三森ゆりか先生が言います。
これが高学年や中学生、高校生になると、絵の深層部分、意味に触れられるようになるそうです。
「中学3年生が書いた小論文の中にはこの1枚の絵から、『女の人たちの顔が描かれておらず、社会的に光を浴びていない女性の作業員を象徴している』『手前側の暗さに反して奥の明るさは収穫を喜ぶ農民達の様子を表している』などの鋭い指摘がなされていました。言語技術を磨くことで、こういう考えをきちんと小論文にまとめられるようになります」
絵の分析には正解がありません。幼少期は間違ってもいいので考えをどんどん言わせます。ただし大切なのは、感想を言わせることではなく、考えの根拠を描かれた事実を根拠にして言わせることです。それが荒唐無稽であっても否定はしません。ここで気をつけたいのが、次の段階では明らかに事実と反していること、根拠のないことにはNOということです。
「小学校3年生くらいからは明らかな間違いは指摘する必要があります」
子どもたちの意見を引き出すことは大切ですが、すべてを肯定して、子どもたちを甘やかすのが目的ではありません。
「否定され慣れていない子どもはお互いに意見を言っただけなのに責められているような気持ちになったり、反対意見を言われると心を閉ざしてしまったり、いわゆる“打たれ弱い人間”になってしまいます。根拠を聞いてはっきりしていなかったり、明らかに事実と異なることは間違いを指摘し、説明をしてあげることが重要です」
ところでこの「絵の分析」は、サッカーに直結します。というのも目の前の状況を瞬時に観察し、事実に基づいて判断する能力に繋がるからです。訓練を積むと、描かれた根拠を巧みに取捨選択しながら自分の考えを構築する能力、あるいは判断を下す能力を子どもたちは身につけます。
■サッカーのスキルが並んだときに差を生むコミュニケーション・スキル
今回紹介したものはコミスキの授業のごく一部ですが、論理的思考、批判精神はサッカーになくてはならないものです。日本の選手のサッカースキルは年代を問わず、世界からも高く評価されています。世界を相手にする上で、これからは言語技術、コミュニケーション・スキルに目を向ける必要があるようです。
取材中、三森先生がアカデミーで見たある光景のことを話してくれました。 前フランス国立サッカーアカデミー校長で、JFAアカデミー・テクニカルアドバイザーも務めたクロード・デュソーさんが福島で練習を指導したときのことだそうです。
三人一組のパス回しが始まりました。選手たちは器用に相手の足下にパスを出し、軽快にボールを回します。
「自分たちで判断してボールを回してみよう」
デュソーさんが声をかけます。
しかし、選手たちはいつまでも三角形を崩すことなく、同じリズムでボールを回し続けます。
「適切なスピード、十分な距離、より良いコースを探してプレーしよう」
さらにデュソーさんが言っても選手たちは何をどうしたら良いかわからない様子。
試合では相手がディフェンスしてきます。足下にきれいにボールを収められるとは限りません。自分がどんなボールがほしいのか要求して、次のプレーのために動く、パスを出した後も次のプレーを考えて動く。そういうリアリティのある練習をしてほしい。デュソーさんの意図に反して、選手たちはボールタッチやパスの精度だけを追求しているように見えたそうです。
「サッカーのスキルが並んだときに違いを生み出すのはコミュニケーション・スキルなんです」
サッカーは判断の連続で構成されています。プレー技術も大切な要素ですが、それと同じくらいひとつの判断で劇的に結果が変わります。自分で考えてプレーするためには、日常生活から考える癖、習慣を作っておく必要があります。今回紹介したものは、お子さんと保護者の方が家でできるものも少なくありません。考える力を引き出す、コミュニケーション・スキル。あなたも取り入れてみませんか?
今回お話をお伺いした三森ゆりか先生(右)と田中澄枝先生(左)
2002年より日本サッカー協会のコーチングスタッフ、選手などに言語技術の講習を行う。世界のトップ10を目指し、ロジングによるエリート教育を志すJFAアカデミー開校と同時にコミュニケーション・スキルの授業を担当。現在はJFAアカデミー福島、JFAアカデミー宇城、JFAアカデミー堺のコミュニケーション・スキル講座に専任講師を派遣している。
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