考える力
2020年2月25日
「目標からの逆算」近年は東大合格者も生んだ静岡学園が取り組む1日、1週間の効率的な時間の使い方
令和最初の高校サッカー選手権で優勝した静岡学園高校は、サッカーでは足元のスキルなど個人技に優れた静学スタイルが特徴のチームです。近年ではサッカーだけでなく、学業にも力を入れており、昨年度はサッカー部初の東大生を輩出しました。
前編では、練習グラウンドがフルコート1面と小コート1面という環境で、グランドを使える時間が限られているなかでサッカーも勉強も両立するために選手たちがどんな工夫をしているか、部のOBでもある齊藤興龍コーチにお話を伺いました。
後編では、1日、1週間、1年間、3年間といった単位で効果的に時間を使える習慣を身に着けるためにどう指導しているかご紹介します。
(取材・文:元川悦子 写真:森田将義)
<<前編:選手権優勝の静岡学園が、部員が多く1日2時間半程度しか練習できないからこそ身につけたタイムマネジメント術
■サッカー以外の時間を効率的に使うことで、現役東大合格者も輩出
部員数の急増で午後練習2部制を導入し、空いている時間の管理を自主的に行わせることで、静学の文武両道が実現していることを前編で紹介しました。
そのキーポイントは、やはりタイムマネジメントです。1日に使えるグラウンドの時間が限られているからこそ、時間をうまく使わなければなりません。川口監督ら指導者たちは1日、1週間、1年間、3年間といった単位で効果的に時間を使える習慣を身に着けさせようとさまざまな声かけを行っています。
「サッカー部員の生活を1週間というサイクルで見てみると、毎週月曜日はオフなので、最大4~5時間は自由な時間を確保できます。それ以外の平日は練習前か帰宅後に2時間程度、土日の試合の時もフリーの時間が沢山あります。それを合計すれば、毎週15~20時間は学業やサッカーの自主練習などの自分を成長させるための時間に力を割ける。それを1年間、3年間と着実に積み重ねていけば、プロサッカー選手になることや現役大学合格など将来の充実につながる。僕はそういう話を選手たちによくしています」と齊藤興龍コーチは言います。
現に、静学サッカー部初の東京大学合格者が2018年春卒業生に誕生しました。近年では国立大学やMARCH(明治・青学・立教・中央・法政)クラスの大学にも進む選手も毎年のように出ているそうです。レギュラークラスの選手は推薦で大学に進むケースが多いのですが、選手権優勝メンバーの小山尚紀選手などは「勉強して1ランク、2ランク上の大学に行きたい」と明確な目標を設定し、自主的に取り組んでいたとコーチは言います。
「小山は入学当時は探究コース(選抜クラス)に入っていて、もともと学業成績がよかった。遠征中もホテルで空いている時間に1~2時間、ロビーや自室で勉強している姿をよく見かけました。選手権決勝に出場した草柳祐介や中谷颯辰も入学時からトップクラスの成績でそれを維持していた。本当に学業への意欲が高かったと思います。
彼らのようなが優秀な選手が年々増えているのは紛れもない事実です。夢や目標を明確に描いている生徒が多くなったなというのは、彼らとの会話やコミュニケーションの中からも痛感します。
だからこそ、僕ら指導者は最大限のサポートをしなければいけない。『自分の夢があるなら、そこから逆算して今、何をやらなければいけないかを考えなさい』と伝え、選択肢を広げるべくサポートしようと考えています」と齊藤コーチは静学サッカー部の前向きな変化を実感している様子です。
もちろん全部員が完全にできるわけではないそうですが、明確に「なりたい自分」をイメージし、その時に備えているスキルをいつまでに身につければいいのか、そのためには時間をどのように使えばいいのか、高校2~3年生になるにつれて自分で考えて動けることが習慣になっていく選手が多いのだという事も教えてくれました。
■指導者が強制するのはNG、「自由」と「規律」のバランスを考えたアプローチが静学流
だからといって、何かを強制するのではなく、自発的に取り組む環境を作るのが静学ならではの考え方です。もともと井田勝通前監督時代から規則でがんじがらめにするのではなく、サッカーと学業の両面で自由な発想を重視してきましたが、そのベースは川口監督体制10年が経過した今も全く変わっていません。
指導者側がガミガミ言って提出物を強制したり、勉強時間を設けたり、補習をさせたりといったことは一切、行っていないのだそうです。「自由」と「規律」のバランスを考えたアプローチが静学流だと齊藤コーチも胸を張ります。
「サッカーノートを提出させたり、学業の課題を与えたりしている強豪校があるという話をしばしば耳にしますけど、『自由度の高さ』が静学のよさだと僕は思います。その考え方はOBである川口監督も他のコーチも一緒。だから、特別な義務を課すようなことはしていません。
ただ、僕自身は選手に『寝る前に5行でも5分でもいいから自分なりに何かノートに書いたりして、1日の自分を振り返ってみたら明日の自分が変わる』とアドバイスしています。『朝練でドリブル練習を完ぺきにやる』でも『授業中に寝ない』でも何でもいい。書いたことが翌日のモチベーションにつながる。やはりサッカーでも勉強でも毎日の意識と努力の積み重ねが何よりも大切なんです。それを知ってもらうべく、僕は選手たちの様子を見ながら臨機応変に対応していくつもりです」
静学サッカー部では目下、「世界で活躍する選手を輩出したい」という理想を掲げています。川口監督も「卒業生の大島僚太(川崎フロンターレ)が2018年ロシアワールドカップの日本代表に選ばれ、今年順天堂大学を卒業する旗手怜央(川崎フロンターレ)も東京五輪代表候補に入っていますが、それ以上に目指しているのがUEFAチャンピオンズリーグ(CL)の舞台に立つ選手を出すこと。『目指せ、カンプノウですよ』」と語気を強めていましたが、世界最高峰レベルに到達する選手は単にサッカーの技術・戦術に優れているだけではなく、自ら考え判断し、実践する力を持っています。
■これからはタイムマネジメントに長けた選手が世界で活躍できるようになる
日本代表で8年間キャプテンを務めた藤枝東出身の長谷部誠選手(フランクフルト)は1つのモデルと言っていいでしょう。そういう人間になるべく、高校時代からサッカーと勉強の両方をコツコツ取り組める習慣を身に着けさせる重要性を齊藤コーチも今一度、胸に刻んでいるといいます。
「世界のビッククラブの育成年代の選手にもそこまで管理されたケースがあると聞きます。勉強は生きていくうえでの土台ですし、それを抜きにしてサッカーも語れません。トップレベルの選手たちは育成時代から自然と時間を有効活用する術を身に着けていると思いますし、タイムマネジメントに長けた選手が世界で活躍できるようになる。その大切さを静学の選手にもより植え付けられるように、これからも選手たちの主体性を促すために、的確なタイミングで良いアドバイスを考えていきたいと思います」
「自由」と「規律」というキーワードの下、効率よく動くための時間活用術を体得する選手がもっともっと増えていけば、静学サッカー部からCLで活躍するようなスターが出現する可能性も高まるはず。そんな日が早く訪れることを切に祈りたいものです。
<<前編:選手権優勝の静岡学園が、部員が多く1日2時間半程度しか練習できないからこそ身につけたタイムマネジメント術
齊藤興龍(さいとう・おきたつ)
1978年生まれ、静岡県田方郡函南町出身。静学DFとして75回選手権ベスト4の原動力に。97年春に国士舘大学へ進み、2001年に母校の教諭に。
中学サッカー部強化に着手した1年目から中学でコーチなり、現在は高校サッカー部の部長兼コーチを務める