考える力
2020年4月 9日
サッカーは一人ではできないから助け合いが大事。選手権常連の矢板中央高校が大事にする「サッカーを通じて社会で生きる力」
令和最初の高校サッカー選手権、準決勝。静岡学園と矢板中央の対決。勝負が決まったのはアディショナルタイム残りわずか、本当に最後の瞬間というドラマチックな戦いに胸を熱くした方も多いのではないでしょうか。
静岡学園の攻撃をことごとくブロックし、最後の最後まで手に汗握る戦いぶりを見せてくれた矢板中央高校。ニュースなどで「赤い壁」と称された守備はもちろん素晴らしかったですが、サカイクが読者の皆さんに伝えたいことは、試合後の監督インタビューの言葉です。
「うち(矢板中央)はプロを多数輩出する学校ではないからこそ、選手同士の『助け合い』など社会で生きる力をつけさせて送り出す」という高橋健二監督に、どのようにしてサッカーを通じてその力を身につけさせているのかを伺いました。
(取材・文・写真:松尾祐希)
後編:「1から10まで教えてしまったら選手が伸びない」高校サッカー強豪、矢板中央・高橋監督の指導哲学 >>
■選手も教師も「無理でしょ」とできない理由ばかり言っていた
高橋監督が矢板中央高校に着任したとき、サッカー部は13人しか部員がいなかったのだそうです。
指導者としてチャレンジをする想いで学校に来たのに、諦めている子どもたちが多かったと振り返ります。
「気持ちの中で『自分たちでは無理』と思い、最初から匙を投げていました。私が、『栃木県で優勝したい』と伝えた時に帰ってきた言葉も、『それは出来ない』でした」
それは学校側も同じだったそうです。監督の歓迎会の場でも年配の先生たちに栃木県で優勝したいと言う話をしたら、「無理だ。出来ない」と、選手たちと同じことを言われたそうです。
出来ない理由をずっと言われたことを今でも覚えていると高橋監督は振り返り、当時の矢板中央高校には、教師たちも選手たちも無理だと考え、チャレンジしない環境があったことが本当に悔しかった。と、13人の部員でスタートした当時を懐古します。
そこからは子どもたちとぶつかり合いながら、指導する時期が続きました。
そうした経験があるからこそ、「否定から入ると、何事もできないと感じます」と語る高橋監督。肯定から入ってチャレンジをしていく、それを指導の中で一番大事にしているそうです。
「できない、無理」。最近ははそういう言葉を発する選手も多いそうですが、「まずはチャレンジしてみよう」という話をするそうです。また、選手たちを伸ばすために、チャレンジする姿勢を指導者も持たないといけないといいます。
■大事なのは自分の力不足を素直に認めること
今では強豪校として名を馳せる矢板中央高校ですが、勝てなかった時期を振り返って思うのは、自分に指導力がなかったからだと語る監督。
「20代、30代の私は人間としても指導者としてもまだまだ未熟で、子どもたちを伸ばす指導力がなかったんです。それで、自分自身が学ばなければと思いました」
と語る監督ですが、指導者が学び続けることの大事さを理解できる人は実はまだ多くないようです。全国には約4000校の高校があり、立派な指導者もたくさんいますが、監督がピラミッドの一番にいてトップダウンで指導してしまうケースは少なくありません。
高橋監督は、学びを進める中で様々なことにチャレンジし、勝てない時期にはブラジルから留学生を呼び、生徒がブラジル留学する機会なども作りましたが、残念ながら結果に結びつかなかったと教えてくれました。
ですが、その取り組みを振り返った時に、原因が自分の指導力不足にあると気が付いたのだという監督。その過程で気づいたこと、それは、大事なのは自分の力不足をまず素直に認めることなのだと言います。
そして、「選手権で勝てるチームになるには勝っている人に学ぶしかない」と感じ、2004年に帝京高校を選手権優勝に導いた古沼貞雄先生を紹介してもらったのだそうです。
選手権初出場を果たす直前ぐらいに、「勉強をさせてもらいたい」とお願いをしたそうですが、あっさり「ダメだ」と断られたのだと笑いながら教えてくれました。ただし、取り付く島もないといったわけではなく、「まず自分の力で代表権をとりなさない。出場が決まったら行くから」と条件を出されたのだそう。
その言葉に奮い立った高橋監督。そうして念願かなって古沼さんに指導をしてもらうことになりましたが、その練習内容は来る日も来る日もサッカーの基礎基本指導ばかりだったそうです。どんな練習メニューを行うのか期待していた監督は拍子抜けしたそう。
「私はブラジルでサッカーを学んだこともあったので、古沼さんの単調なトレーニングがつまらなく見えたのです」と明かしてくれましたが、その「単調でつまらない」トレーニングを始めて数か月で選手がどんどんサッカーが上手くなったのだそうです。
そこで「どうしてこのトレーニングで選手が良くなったんですか?」と聞いたところ、「大事なのは基礎基本だ」と名将は答えたのだそうです。その体験を通して、基礎基本に忠実なトレーニングで選手が大きく成長することを実感し、より一層基礎・基本を大事にしていると教えてくれました。
■挑戦し続けることを辞めたら絶対にチーム力は上がらない
子どもたちも小学生、中学生と上がって行くに連れいろんな経験を積んでいますが、「指導者も勉強して経験を積まなければなりません」と語る高橋監督。これまで環境を良くする動きも含めて、いろんな取り組みをやってきたのだそうです。
矢板市は人口約3万2000人、30年ほど前までは県北はサッカー不毛の地と言われていたそうです。ですので、以前は寮を持っていませんでしたが、矢板中央の名前が知られるようになり、県外からの入学生が増え、入寮希望者が増えたタイミングで寮を建てたそうです。
少子化を理由に当初は学校から許可が降りなかったため、自分たちで用意しようと考えいろんな人に相談すると、長崎総科大附高の小嶺忠敏先生や鹿児島実高で指揮を執られていた松澤隆司先生らが自ら寮を建てたり、自分の家に下宿させていたという話を聞き、自分たちもそうしようという考えに至ったのだそうです。
ただし、教員でもある監督が個人でやるよりも、法人を作って実施したほうが良いのではと考え、学校から許可を取得して一般社団法人矢板スポーツセントラルという法人を設立したのだと教えてくれました。
その法人で寮を運営しており、ジュニアユースやコーチの雇入れもそこで管理をしているのだそうです。寮ができたことで、OBが戻って来る環境も整備されました。
矢板中央では卒業後もサッカーを続けたり、何らかの形でサッカーに関わるOBが8割から9割もいるそうで、彼らの受け皿を作ることができたと高橋監督は目を細めます。
「我々は常に挑戦をする集団なんです」
と断言する監督。寮をはじめとする環境整備により、指導者も矢板中央のイズムを持った卒業生で取り組めるようになり、大きな意味があったと胸を張ります。
「選手も成長をし続けるけど、我々もいろんな面、指導力や運営面で成長していく。歩みを止めたら、挑戦をやめたら、少しでも手抜きをしたら、絶対にチーム力は上がりません」
と、これからも選手を伸ばすために一緒に良い環境を作っていくという展望を語ってくれました。
■サッカーは一人ではできない。だから助け合いの精神が大事
全員が寮生活をしているわけではありませんが、卒業時に選手たちが話すのは親のありがたみだそうです。
寮では洗濯なども自分でしないといけません。そこで初めて親のありがたみを感じる生徒が多いのだと言います。父兄から話を聞くと、「久々に実家に戻ると、精神的に大人になって帰ってきた」と言う方も結構いるそう。それはサッカーにも通じる、と監督。
「我々はテクニカルなサッカーではなく、フィールド内で距離感をとにかくコンパクトにするサッカーを志向しています。それを人生に置き換えて見なさい」と選手に言っているのだそうです。
キックオフが0分(=0歳)として、80分、90分の試合は人生と一緒という考えで、試合前に選手たちを送り出す際には
「サッカーは人生と一緒。80分のゲーム(=80歳のとき)、90分のゲーム(=90歳のとき)。みんなが何歳まで生きるかは分からないけれど、人生において人は一人で生きていけるか? それは無理だろう。サッカーも一緒だよ。だからみんなと助け合おう。応援組もベンチも全力でサポートしよう。攻められて、苦しい時間はあるけれど、その苦しい中でも最後まで身体を張って守備をして、みんなでサポートしよう。人生に置き換えて、人生と同じなのが矢板中央のサッカーだよ」
と声をかけると言います。
試合の中で本当に危ないと察知すれば、全員が守備に戻って来る、そういう意識を植え付けるためには、とにかく一人ひとりの距離感を近くする必要があります。みんなで助け合って協力をする、それが矢板中央のスタイルです。
そこには、仲間のため、お世話になった人のために...... など、いろんな想いを持ってサッカーをやってほしいという監督の思いもありました。
今回の選手権でベスト4に入った静岡学園、帝京長岡、青森山田より自分たちの力が落ちることは自覚していたと言います。その中で矢板中央は相手以上に走り、頑張る姿を見せようと心掛けていたそうです。
「大事なのは勝っても負けても、周りの人が評価してくれることで、最後まで諦めない全員サッカーがテーマ。それがチーム力になり、社会性を身に付ける事につながります」と語る高橋監督。
大人になれば、色んな人との関わりが出てきます。その中で、何もかもが自分の思い通りには進みません。同僚や仲間と協力してプロジェクトを進めていく際などにも互いの助け合いが必要になります。矢板中央のサッカーを通して身につける助け合いは、社会の中でも役に立つはずです。
もちろん、「サッカーの技術を身に付けるのも大事ですし、高いレベルの選手も来てもらいたい。もっと格好良いサッカーもしたい」という希望はあると言います。
ですが、それとは別に「うちは頑張るスタイルで良いとも思っている」と明かします。一人のスーパーな選手に頼るのではなく、一人一人が頑張る選手たちの集団になれば、相手を想いやる気持ちが育まれるはずだと監督が語る通り、卒業生たちには「矢板中央で、学んだことが社会でも生きている」と言われることもあるのだと嬉しそうに教えてくれました。
後編では、高校サッカー部の活動を通して社会で生きる力を身につける矢板中央の指導に迫ります。
後編:「1から10まで教えてしまったら選手が伸びない」高校サッカー強豪、矢板中央・高橋監督の指導哲学 >>
髙橋健二(たかはし・けんじ)
サッカー指導者 1968年生まれ、栃木県出身。現役時代は矢板東高と仙台大でプレー。卒業後、教員となり、1994年に矢板中央高の監督に就任。2004年度に高校サッカー選手権へ出場し、09年度に初の4強進出を達成。以降も安定した成績を残し、17年度に8年ぶり選手権でベスト4に勝ち進んだ。18年度はベスト8で敗退したものの、19年度は3度目のベスト4入り。多くの選手をJリーガーに育てており、富山貴光(大宮)、星キョーワン(横浜FC)などをJクラブに送り出した。座右の銘は第16代アメリカ合衆国大統領のエイブラハム・リンカーンが残した「意志あるところに道は開ける」。