楽しまなければ勝てない~世界と闘う“こころ”のつくりかた
2018年6月27日
「大迫、半端ないって」を生み出した滝川二高のDNAとは
サッカークラブや各種スポーツ団体を対象に「スポーツマンのこころ」と銘打つ講義で、一流アスリートになるための心得を伝え続ける岐阜経済大学経営学部教授の高橋正紀先生。ドイツ・ケルン体育大学留学時代から十数年かけ、独自のメソッドを構築してきました。
聴講者はすでに5万人超。その多くが、成長するために必要なメンタルの本質を理解したと実感しています。
高橋先生はまた、「スポーツマンのこころ」の効果を数値化し証明したスポーツ精神医学の論文で医学博士号を取得しています。いわば、医学の世界で証明された、世界と戦える「こころの育成法」なのです。
日本では今、「サッカーを楽しませてと言われるが、それだけで強くなるのか」と不安を覚えたり、「サッカーは教えられるが、精神的な部分を育てるのが難しい」と悩む指導者は少なくありません。
根性論が通用しなくなった時代、子どもたちの「こころの成長ベクトル」をどこへ、どのように伸ばすか。これから数回にわたってお送りします。「こころを育てる」たくさんのヒントがここにあります。
(監修/高橋正紀 構成・文/「スポーツマンのこころ推進委員会」)
■「半端ないって」に込められたグッドルーザー精神とは
「大迫、半端ないって」
日本代表FW大迫勇也選手のW杯の活躍で、一気に流行語になった言葉です。みなさんも、ここ数日ことあるごとに口にしているのではないでしょうか。
大迫選手を称賛するこの言葉は、2009年1月に行われた全国高校サッカー選手権大会準々決勝で兵庫県の滝川第二高校が2対6で大迫率いる鹿児島城西高校に敗れた後に、滝川第二のディフェンダー中西隆裕君がロッカールームで洩らしたもの。キャプテンでもあったこの選手は、敗戦に涙するチームメイトを慰めようとして言ったようです。
私はこの言葉に、「半端ない」グッドルーザーの精神が宿っていると感心しました。
グッドルーザーとは「良き敗者」。どんな競技でも、試合に負けると自分自身や仲間に対する怒りのような感情が渦巻くものです。ドロドロした黒いものが渦巻くような心の状態でも、スポーツマンシップのこころをもつ選手は、相手をリスペクトできます。自分を負かした相手に敬意を払うことで、敗戦を素直に振り返り自分の糧にしていけるのです。
当時監督だった栫(かこい)裕保さんは、彼の横で「あれは全日本に入るな。あれは凄かった。俺、握手してもらったぞ」と言い、泣いていた選手たちの顔に笑みがこぼれます。また、栫さんは、試合後に自分から大迫選手のもとに駆け寄り、「君は日本を背負う選手になるはずだから、今後の活躍を期待するので頑張ってね」と声をかけています。大迫選手は「本日はありがとうございました」と答えたそうです。
■岡崎慎司らを育てた黒田監督の教え
この滝川二高イレブンと出会ったのは2010年。同校の元監督で当時ヴィッセル神戸の育成を手掛けていた黒田和生さんの紹介です。
黒田さんは岡崎慎司選手、金崎夢生選手、加地亮選手ら数々の日本代表を育て、滝川二高を強豪校に仕立て上げました。私が卒業した筑波大学の前身である東京教育大学サッカー部の出身。サッカーの指導者として優秀であるのはもちろんですが、それ以前に素晴らしい人格者であり、教育者でした。
ヨーロッパ遠征に行けば、必ずアウシュビッツ強制収容所跡地に選手を連れて行くと聞きました。社会というか、世界の成り立ちを理解すること、サッカー以前に人間としての教養や感性を磨くことを当たり前のことと考えていたのだと思います。
グラウンドに来ると、まず選手全員と笑顔で握手する。他校の監督やコーチが、体罰やパワハラに頼る指導を続けていたころから、その姿勢は異彩を放っていました。
当時、黒田さんはヴィッセル神戸の育成部長を務めながら、1年間だけJFA(日本サッカー協会)のナショナルトレセンコーチをしていらっしゃいました。そのころに実施された育成指導者研修会で、私は出会いました。研修最後の夜の懇親会で、15分ほどお話すると、「高橋さん、ヴィッセルの育成年代向けの講義に呼ぶから」と言われました。まだ講義を始めたばかりのころで、ほとんど知られていない時代です。しかも、講義の概要を少し話しただけだったので半信半疑でしたが、後日立て続けに2回ほど神戸に呼ばれました。
そのときに滝二の栫さんを紹介してもらい、「一流のスポーツマンのこころ」を講義しました。
中西君は前年に卒業したばかりで会えませんでしたが、滝二の印象は彼から受けた印象の通りでした。サッカーが大好きで気のいいやんちゃ坊主たち、という感じでした。良い意味で、どの部員も目がギラギラしていました。質疑応答でもたくさん手が挙がり、さすが黒田さんが礎をつくったチームだと感心したことを憶えています。