弱小チームのチカラを引き出す! 暁星高校林義規監督の教え
2015年1月 3日
38年間でひとつだけわかったことは、わからないということ
■人の人生にかかわる教師という仕事
なかなか歩き出そうとしないのを見かねて、林監督は大声で呼んだ。
「おい、なにしてんだよ! こっち来いよ!」
グラウンドの片隅で林監督の隣に座り、その人は号泣していた。
「先生、ようやくわかりました」
絞り出すように一言を漏らした。
「なにがだよ」
林監督は静かに返す。
「最後、僕は3年の途中で辞めちゃったんで……」
それ以上の言葉は必要なかった。
「俺は同じサッカー部の卒業生だと思ってるよ、お前のこと」
またひとつ、大粒の涙が流れた。
「先生……ずっと、ここの敷居が高くて……跨ぐこと、できませんでした」
「そういう美談もあれば、その逆もある。嬉しいことだけじゃねえ。悲しかったり、わかり得なかったことだっていくらでもあるよ」
■一番大切にしてるのは、仲間
人の人生にかかわる教師という仕事は、そういうことを積み重ねる密度がほかよりもずっと濃いのだろう。監督が一息ついた呼吸は、それまでよりも深い気がした。
そんな人生の中で監督が大事にしてきたこととはなんなのだろうか。
「俺が一番大切にしてるのは仲間のことだな。早稲田に入って本当に良い先輩後輩に恵まれたよ。大学時代なんて人生のたかだか4年間でさ。卒業してからもう40年くらい経つよ。でも今でも大学の同期と会ったりすると、その頃に戻っちまうからね。金とか名誉とか関係なく、本気になって心配できるし、多分心配してくれるよ。鎌倉高校で監督してる小柴健司となんて、この年になっても喧嘩するしさ。そんなことできるのなかなかいねえよ。あと、堀江忠男という人にも出会えた。あの人がいなければ今の俺はいない。俺に自慢できることなんてなんもないけど、こうやって長いことサッカーに関わってきたことで北海道から沖縄までサッカーの仲間がたくさんできたこと
は自慢だし、誇れるよね。仲間がいるって本当に幸せだと思うよ」
■わからないということがわかった
取材中、監督の話には多くの仲間の名前が出てきた。恩師、大学時代のチームメイト、指導者仲間、教え子......。監督の人生は数え切れないほどの仲間に彩られてきたのだ。
そして林監督が辿り着いたひとつの境地がある。
「38年間この仕事やってきて、ひとつだけわかったことがあるんだよ。それは『わからない』ってこと。子どもを育てるのにはマニュアルがあるって、そう言う人がいるけど俺はまったく違うと思う。わからないんだよ。どこで芽が伸びるかわからないし、伸びないかもわからない。1年生のときに見て『すげえやつだな』って思ったのにその後伸びないやつもいれば、全然気にも留めてなかったのにグンと伸びたやつもいる。さっきのやつみたいに10年経ってやっとわかるやつもいるんだよ。長年、何百人、何千人と子どもを見てきたけど、結局、わからねえよ」
38年やって、わからないことがわかった――。
その言葉を聞いて、唸ることしかできなかった。またいつでも連絡してくれよ、そう言うと林監督は右手を軽くあげ、子どもたちのほうへ歩いていく。
『ピッ』
短く、澄んだ笛の音がグラウンドに響いた。
「おい、集まれ!」
子どもたちが監督を囲む。みんな真剣な面持ちで監督を見つめている。
このちっぽけなグラウンドで、この号令は一体何度目だろうか。いつも監督を囲む子どもたちがいて、いつも真剣に聞く環境がある。けれど、これは決して最初からあったものではない。長い時間をかけて、少しずつ築き上げ、受け継がれてきたものなのだ。
そして、林監督はまたなにかを子どもたちに伝えはじめた。
【大好評!!短期集中連載第3回】弱小チームのチカラを引き出す! 暁星高校林義規監督の教え