インタビュー
"あとひと伸び"がない子に足りないものとは? なでしこジャパン高倉監督が語る、伸びる子が備えている力
公開:2018年12月25日 更新:2023年6月30日
FIFA女子ワールドカップで優勝、史上初の全世代で世界一。女子サッカーはどうして強豪国でい続けられるのか、前編ではその理由をなでしこジャパンの高倉麻子監督に伺いました。
後編では、なでしこジャパンの土台となる小学生の指導者に求めること、伸びる子どもが備えている力についてお話を聞きました。
(取材・文:島沢優子、写真:新井賢一)
<<前編:史上初!全世代で世界一のサッカー日本女子代表 高倉麻子監督に聞いた「女子が強豪国であり続ける」理由
■「考える力」は家での会話でも伸ばせる
「インテリジェンスを育ててほしい」
なでしこジャパンの高倉麻子監督が、女子の育成コーチに望むのはこれです。
「小学生には、サッカーだけをやるのではなく、きちんと学校の勉強をしたり、本を読んだりして学んでほしい。どうしてこうなるのかな?とか、どうやってやろうか?と、『サッカーに必要な"考える力"がつくから勉強が必要なんだよ』と、大人のほうも子どもたちに伝えてほしいのです。大人が促さないと、まだ幼い彼らにはわからないので」
例えば、サッカーをテレビ観戦しているときに、ゴールを決めた、など分かりやすいプレーだけでなく、知的なプレーをした選手に対し「賢い選手だよねえ。考える力が高いんだよね」といった会話をしてもらえたらいいと言います。
現在のなでしこジャパンの選手たちのなかにも、学業成績の良かった選手は少なくありません。そういった面も見て、高倉監督は断言します。
「考える力の無い子はいい選手になりません。もしくは完全に天然で突き抜けたキャラクターでしょうか(笑)。でもこういうタイプはごく一握りです」
試合中の判断はもちろんですが、育成年代で成長するプロセスで「考える力」は必要だといいます。なぜなら、どの選手にも必ずレギュラーに入れなかったり、試合に出られないなど、伸び悩む時期があるからです。
「上手くいかなくなるというか、必ず困難が来ます。そんなときに、自分にとってこれをやっていくのはどうかとか、これを試してみようとか、自分の力で修正をかけられる子でなければ上(のレベル)に行けません。20歳以下くらいまでなら、上手いだけとか、速いだけでも、何とかなります。でもそれ以上は必ず困難が来ます。そのときに必要なのが、考え抜く力です」
■壁にぶつかったとき、困難を乗り越えるのはあくまで本人
困難を乗り越えるのは、あくまでも本人の力なので、周囲がいくら言っても説得力がありません。その時点で活躍できていれば、大人から「そんなんじゃ通じなくなるぞ」と言われてもピンとこないからです。だから、大人が口を出せるのは小学生年代までなのです。
「初めて人生を生きている彼らに次の壁を用意してあげなければいけません」と高倉監督は力を込めます。
「考える」は、自分のこころと向き合って、自分の状況を理解することから始まります。
「悔しいとか、自分はダメだと感情的に責めるだけでは何も生まれない。自分は何をどうしたら、どこを努力したらこの壁を乗り越えられるか。そこを考えるわけです」
ポテンシャルは高いけれど、伸ばし切れない子。俗に大人たちが「もったいないね」とため息をついてしまうような選手は、みなさんのまわりでも少なくないでしょう。
その子たちに何が足らないのでしょうか。
多くの場合は「知力」ではないか――。高倉監督はそう考えます。
トップレベルの選手たちに持っていてほしいものとして掲げるのは「心・技・体・知」。
知は、知性、知能、知識などいろいろな要素があります。総合すると「インテリジェンス」創造する力。本質をとらえる力です。インテリジェンスがあれば、それは試合中に予測する力につながるのです。またその力は、危険察知能力はもちろん、得点チャンスを予知する能力にもなります。
■賢さと戦いのスピリット、なでしこの展望
「私は、なでしこをインテリジェンスあふれるチームにしたい。知的で賢くて、なおかつ、チームのために体を張って戦えるスピリットを兼ね備えた集団です。スマートさと泥くささ。ふたつを備えた選手にみんなになってほしいし、そういうチームをつくっていきたい」と目を輝かせる高倉監督。
そのためにも、保護者に望むのは「子どもを自立させてほしい」と言います。監督自身、5年ほど前からスクールを運営しているのですが、練習には親子で来ることが多いそうです。代表監督としての多忙なスケジュールをこなしながらも、時間のある限りスクールに顔を出しては、子どもに話しかけるそうですが、「どこのチームに所属しているの?」「ポジションはどこ?」と、子どもに聞いているのに、「○○FCです」「フォワードなんです」と保護者が先に答えてしまう事も少なくないと言います。
そんなとき、監督は微笑みながら「お母さんに聞いてないんだけどな」とやさしく指摘するようにしているそうですが、それで自分の過干渉に気づく親御さんも多いと教えてくれました。
そうやって小学生年代の育成現場にも関わっていると、巷のジュニアチームの「保護者あるある」もよく耳にするそうです。
コーチに対し「自分の子どものほうがうまいのに使われないのはなぜか」と抗議したり、抗議はしなくとも子どもの前で言ってしまうなどの行為は、本当によくある事ですが、子どもにとってマイナスの影響を与えると高倉監督は言います。
「暴力や暴言など常識的に考えてダメなことを指導者がしているのであれば、親の正義として何か行動を起こすことはありかもしれません。ただ、基本的に子どもの世界に親が土足で踏み込んでしまうと、子どもは成長しないのではないでしょうか。そのクラブに子どもを預けたら、基本的にそのコミュニティのなかでコーチと子どもの取り組みを見守るのが保護者の役目だと思います」
■代表監督からなでしこの土台を育てるジュニアの指導者へのお願い
そして、これからも女子サッカーが発展していくために、女子を育てる指導者には「さまざまなポジションをやらせてほしい」と話します。
例えば、男子と一緒にやっている女子の問題として、高学年になっていくにつれて、ディフェンシブなポジションばかりやらされるケースが目立ちます。
自身のスクールで所属チームでのポジションを尋ねると、サイドバックをやっている子が多いのだそうです。小学生年代だと、男子よりも体が大きくなるのが早いため、体格の良い女子がセンターバックをずっと定位置でやる場合もあります。技術が高く中学年まで中盤や攻撃的なポジションでもプレーさせてもらえたのに、高学年になるとサイドバックやセンターバックばかりになってしまうのです。
「指導者のみなさんも、試合で勝ちたいから固定のポジションにするのでしょうが、小学生年代ですし、男子、女子関係なく、いろいろなポジションをやらせてほしい」と訴えます。
一方で、女子だけのチームは少ない現実があります。中学生に上がるときが、女子の競技人口が減少するひとつの境目なので、特に中学生チームが増えると女子サッカーの競技人口の増加にもつながります。現状では、住んでいる地域に女子チームがなかったり、思春期に入ってなかなか男の子と一緒にプレーできないとなると、強い気持ちのある子はクラブを探したりして何とか続けていきますが、そうでなければサッカーを継続するのは難しいのです。
「子どもがサッカーを好きになる。楽しいな。また行きたい。次の試合は絶対勝ちたい。そう思える環境をつくってあげてほしいと思います。女子は特に、話を聞いてもらったり、声をかけてほしい特徴があるので、適切なコミュニケーションを取りながら育ててほしいですね。ジュニアの指導者こそがなでしこの土台ですから」
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