楽しまなければ勝てない~世界と闘う“こころ”のつくりかた
2019年7月24日
5歳児にも効くスポーツマンのこころ ―「ゼロか百」にならないためにー
サッカークラブや各種スポーツ団体を対象に「スポーツマンのこころ」と銘打つ講義で、一流アスリートになるための心得を伝え続ける岐阜協立大学経営学部教授の高橋正紀先生。ドイツ・ケルン体育大学留学時代から十数年かけ、独自のメソッドを構築してきました。
聴講者はすでに5万人超。その多くが、成長するために必要なメンタルの本質を理解したと実感しています。
高橋先生はまた、「スポーツマンのこころ」の効果を数値化し証明したスポーツ精神医学の論文で医学博士号を取得しています。いわば、医学の世界で証明された、世界と戦える「こころの育成法」なのです。
日本では今、「サッカーを楽しませてと言われるが、それだけで強くなるのか」と不安を覚えたり、「サッカーは教えられるが、精神的な部分を育てるのが難しい」と悩む指導者は少なくありません。
根性論が通用しなくなった時代、子どもたちの「こころの成長ベクトル」をどこへ、どのように伸ばすか。「こころを育てる」たくさんのヒントがここにあります。
(監修/高橋正紀 構成・文/「スポーツマンのこころ推進委員会」)
■子どもはそばにいる大人がすべての模範。家庭の役割は大きい
つい最近始めた一つの試みがあります。
「一流のスポーツマンのこころ」の講義を一度にひとつの家族全員に伝えるものです。
ここに行き着くには2段階の改善のプロセスがありました。2007年当初から2~3年前までは、生徒(選手)だけ、もしくは大人(指導者、保護者)だけというかたちがほとんどでした。それを数年前からは、生徒(選手)と一緒に大人(指導者、保護者)にも聞いてもらい、大人に対してのみ補足的に"大人の役割や関わり方"といった講義をするというやり方に可能な範囲で変えました。(不可能なら「生徒のみ」or「大人のみ」で実施)
この改善の大きな理由は、大人(特に保護者)がそれを理解していないと、子どもだけの力ではすぐに元に戻ってしまう事が多いという現場からの報告です。同様に、大人(指導者、保護者)が知っていても子どもが直接聞いてないと、中々伝えきるのが難しい部分もあるようでしたし、指導者だけ、あるいは母親だけが聴いた時には「親御さんにも聞かせたかった」や「夫にも聞かせたかった」という声を度々聞いたという事実もありました。要は、同じ話を家族全員が理解してしまった方が、考え方の軸(何が大切か)の共有と振り返りが容易になり、また、家族間でのエネルギーの補充(ex.親からの励まし)がスムーズにできるので、一流へ向けての(各々の)自分磨きが容易になるだろうと考えていたのです。
そんな折にある家族から息子さんへのサッカー指導についての相談があったので、それであればご家族全員でベクトルを合わせましょうということで、話が実現しました。
そのご家族は、年長の次男、中学2年でサッカー部の長男、3年でバレーボール部の長女。そして彼らの両親です。
まずはじめに年長さんです。
未就学児なので、噛んで含めるように話します。
「本気で、マジでスポーツをするのと、ふざけてやるのとどっちが楽しいかな?」
ダイヤやルビーの原石と、研磨された後の宝石の2通りの写真を見せて問いかけます。
「あのさ、君は、このピカピカの宝石になりたい? それとも、この石のままでもいい? 自分をピカピカにするには、勉強もスポーツもすっごく頑張らなくちゃなれないの。でも、石のままでいいなら、すっごく楽。勉強もスポーツもふざけてやってればいい。どっちがいいかな?」という感じで話します。
中2と中3の2人は、年長さんへの話も聞いてましたが、改めて話をします。中3の長女は、「バレーボールは好きだけど、勉強は大嫌い!」と言います。
でも、彼女には将来やりたい事をするために大学へ行きたいそうです。バレーボールの選手になろうとまでは思っていないけど、将来はスポーツに関わる仕事をしたい。そのために行きたい大学は考えている。でも、勉強は大っ嫌い!
「そうだね。勉強はつまらないよね。僕も好きじゃなかった。でもね、学校で勉強して、そのほかいろいろな活動をする。それが君たちの日常。大人たちが仕事を毎日しているのと一緒だよね。でも、バレーボールは非日常のもの。最高の遊び。本気で、全力で、その非日常を楽しめば、日常生活のガス抜きにもなるね。楽しんでから日常に帰ってくる。大学に行きたいなら、どうする?」
「スポーツは楽しいけど非日常のものだよね。一生、非日常は続かないよね。プロになれた人でも普通なら30歳前後で現役は終わる。その後の人生はそれまでの2倍くらい長いんだよね。その日常をどんなふうに生きるか。高校、大学を、そういうことへ向けてのものと考えなきゃいけないよね」
そのような話しをました。
中2の弟は"サッカー選手"という夢だけしか持っていないようでしたが、その横で姉の話をじっと聞いていました。
最後に、子ども達は別室に移動してもらい、両親に講義をしました。ここまでの話をすべて聞いていたので、すぐに理解してもらえました。子どもはそばにいる大人次第。そばにいる大人が一番の模範になる。家庭の役割は本当に大きいことを訴えました。
■スポーツだけでなく、勉強にも自分から取り組むようになった
その後、この家族がどうなったか。
中3の長女は、自分で中長期の「達成したい成績」の目標を決めて勉強を始めたということです。自分で時間を決めて、段取りして動くようになったのです。
バレーボールも今までに増して楽しんでいるようです。試合で負けたり、何かちょっとしたごたごたがあっても「スポーツは非日常だから。楽しむことが一番大事。そして、もっと大事なのは日常だから」と切り替えて考えられるようになったとのこと。
中2の弟も姉からも刺激を受けて、勉強の必要性を理解し、サッカーでは楽しむ気持ちが大きくなった様です。
「非日常」と言われると、自分たちがやっているスポーツがなんだかとても特別なものに感じられるのでしょう。
バレーボールやサッカーをやっていることを青春の最高の思い出にしたい、自分の喜びにしたいという彼らの気持ちが伝わってきました。
そして、次男君です。
家族からの報告では、「一流のスポーツマンのこころ」は、この5歳児にもっとも染み込んだようです。
「医者か、サッカー選手になる」
それがそれまでの彼の目標だったそうなのですが、私の話を聞いて「僕は、医者とサッカー選手、両方になる!」と言い始め、毎日講義を受けた時の私の言葉を紙に書き、声に出し、本を読んだり、サッカーをしたり、好奇心旺盛に生き生きと暮らしているそうです。
■「スポーツの先にある人生」 指導者でなく、親にしかできないこととは
私はサカイクでこれを読んでくださっている親御さんたちには、スポーツをする先にある子どもたちの人生を常に眺めてほしいと思います。それは、目先の勝利に目が行きがちな指導者にはできないことです。親しかできません。それなのに、そのような指導者と同じ価値観になってしまいがちです。
その、「勝つか、負けるか」に軸足を置いてしまう子育ては、子どもたちに「ゼロか百かしかない人生観」を植え付けてしまいます。
思い描いていたのはサッカーでプロになることだったけど、どうやら難しそうだ。でも、サッカーは好きだから高校でもベストを尽くそう。サッカーなしの生活は嫌だから大学では地域のチームに入れてもらおう。そんなふうに切り替えられない。スポーツから逃げるように去っていきます。
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