■大事な試合前にどんな声掛けをするべきか?
サカイク編集部:辻秀一先生というメンタルトレーナーがいます。彼はW杯で日本が負けたのも「W杯という場に捉われていたからだ」「『自分たちのサッカー』に捉われていたからだ」と話していました。プレッシャーのかかる大きな大会ではそういうことを意識させず、ただ試合だけに挑むようにコントロールするべきだし、しなければいけないと。どうやって選手の精神状態をフローの状態にもっていくかを研究されている方で、試合に入っていくときはなににも捉われずに、まず自分が置かれている状況を認識することが大事だと。そうすると自然に回りの状況も見えて、心がフローになっていくそうです。アプローチは違いますが、アレクサンダー・テクニークの「ボールを見るな」と近いのでは?
具体的なコーチングとしては、たとえば靴ひもがほどけてないのに「お前、靴ひもほどけてるぞ」と冗談を言って、意識を試合ではないところに向けてから、もう一回戻してあげる。そういうことが大事だって言ってました。
村松:「スタンドにかわいい子がいるよ」とかそういう話だよね。サッカーをプレーするためには、さまざまな状況に意識を分散させる必要があると感じている。すこし集中力が散漫なタイプのほうが、じつはサッカーが得意なのかもしれない。生真面目な選手はすぐに周りが見えなくなってしまう。
■『目的=ゴール』をつねに意識できる練習を
村松:それこそ高椋に聞きたいのが、少人数のグループに分けてのトレーニング。ボールタッチ数を多くしてプレー頻度を高くするために少人数でやるというメソッドがある。でも、これまでの話では、試合中はピッチ内の22人とそれが動いてできるスペースなどに、意識を分散させなければいけない。そうなると、少人数グループのトレーニングというのは逆効果になるのでは?少人数制のメリットは、プレーに関与する頻度が高いからつねに考えて動くことを強いられること。でも、そうすると意識は散漫にならない。意識が集中し過ぎてしまうことを防ぐ要素を、つねに入れながら少人数グループの練習をするべきなのかもしれない。意識を散漫にさせることは姿勢につながる、身体の緊張につながる。意識を散漫にすることが身体の弛緩につながる専門家のアドバイスがあれば、現場のコーチは取り入れやすい。
高椋:選手が意識を四方八方にもっていけるようになったときに、なにがプレーをオーガナイズしていくか。それは目的、つまりゴールだと思う。ゴールはつねにあった方がいい。意識が散漫になるのはいいけど、その中でどんな情報を収集すればいいのか。受け取った情報はゴールを奪うために必要なのか。それはゴールをつねに意図していればできるんじゃないかな。
村松:子どもに仲間のポジションを確認させたいときに「仲間はどこにいる?」、「パスコースはどこにある?」という声の掛け方でいいのか、それとも「相手がいないところを探せ」の方がいいのか。自分にファーストプレスを掛けてきているファーストディフェンダーとスペースをカバーするセカンドディフェンダーを認識できれば、必然的に「仲間が来てるかも?」とわかるのではないかな。
高椋:「眺める」ではダメなの? 相手味方を関係なく眺める。全部を眺める。ゴールはどことかっていうところだけがとっかかりじゃなくて、眺めた上で何かできないかな。眺めて全部入ってきたものをどう取捨選択していくかをトレーニングの積み重ねで高めていくほうがいいのではないかな。
■『動き』は周辺視野のほうがとらえやすい
村松:「眺めろ」はどんな状況でも理にかなってる? 情報量が多いから?
高椋:そう。ただ、眺めることで入ってくる情報を処理できるようになるまでには、たくさん失敗する。目の仕組みとして、『動き』は周辺視野の方が捉えやすいんだよね。直接視よりも周辺視野の方がより察知できる。だから、たとえばドリブルをしていてファーストディフェンダーと対峙しているときも、セカンドディフェンダーの体重移動は周辺視野で感じれらる。人間は、もともと狩りをしていました。獲物を探しながらも、いろいろなところから出没する害虫や害獣に反応する。意識を広げた方が結果として小さな変化にも気づきやすい。それは目の仕組みがそうだから。ちょっとしたバランスの変化も気づきやすい。
村松尚登
1973年生。千葉県立八千代高校卒。筑波大学体育専門学群卒。指導者の勉強のため1996年にバルセロナに渡る。2004年にスペインサッカー協会の上級コーチングライセンス(NIVEL 3)を取得。2005-06シーズンにはスペインサッカー協会主催の「テクニカルディレクター養成コース」を受講。この12年の間にバルセロナ近郊の8クラブで指導に携わり、2006-07シーズンよりFCバルセロナのスクールにて12歳以下の子供達の指導に従事。2009年9月から2013年2月までFCバルセロナのスクール福岡校(※正式名称はFCBEscola Fukuoka)の指導に従事。2013年3月、水戸ホーリーホックの下部組織のコーチに就任。著書に『スペイン代表「美しく勝つ」サッカーのすべて』(河出書房新社)、『スペイン人はなぜ小さいのにサッカーが強いのか』(ソフトバンク新書)など。
高椋浩史
大学時代は筑波大学蹴球部に所属。毎週少年サッカーの指導を行う中で、選手が伸び伸びと自分の力を発揮するためにはどのような指導をすればよいかということを探求し始める。卒業後は筑波大学大学院に入学しサッカーコーチ学を学ぶ。2001年から2年間、青年海外協力隊員としてバングラデシュへ赴任。サッカーを指導する。そこで出会った人たちの身のこなしの美しさや強さ、精神的なたくましさ、人間的な器の大きさなどに衝撃を受け、カラダの使い方を教えることができるようになりたいと思い、2006年からはBODYCHANCE教師養成コースで学び始め、2010年に認定を受け教え始める。2012年11月に吉祥寺にアレクサンダー・テクニーク教室FUN!を設立、現在に至る。
取材・文/中村僚 写真/田川秀之