■低身長症の治療 サプリは効く? 成長の度合いは兄弟でも違う?
少し難しい話になったかもしれませんが、子どもの成長曲線は、ぜひつけてもらいたいものです。もし、背が伸びない原因が「成長ホルモン分泌不全性低身長症」にあるのなら、治療で本来の成長に戻すことが可能です。ここからは前回同様、Q&A方式で低身長症にまつわる話題を見ていきましょう。
Q.低身長症の治療は何歳からでもできますか?A.開始は何歳からでも可能です。年齢が低いほど、治療効果は望めます。しかし成長ホルモン療法にはタイムリミットがあり、治療開始のタイミングは幼児期から思春期がはじまる前と考えてください。思春期になってから開始しても、あまり治療効果は望めません。Q.成長ホルモン分泌不全性低身長症の治療はホルモン製剤の注射だけですか?A. 「成長ホルモン分泌不全性低身長症」と診断された場合は自己注射による治療が効果のある唯一の方法だと思ってください。注射を嫌い、舌下スプレーやサプリメント治療を試そうとする人もいますが、大きなタンパク質である成長ホルモンは、粘膜からはほとんど吸収されません。注射と言っても本当に細い針が開発されていますので、慣れてしまえば子どもたちでも自己注射できます。サプリメントは、その栄養素が足りなくて成長が阻害されている人には元の成長にもどる可能性はありますが、低身長でも成長曲線に沿って成長をしている人には効きません。
ここからは低身長症からは離れ、身長が低いことを気にする人に向けてのQ&Aです。
Q.成長ホルモンが効く!と聞きました。成長ホルモンの分泌を促すサプリメントを飲めば背が伸びますか?A. 成長ホルモンの分泌を促す「アルギニン」という物質を含んだサプリメントが市販されています。確かにアルギニンには成長ホルモンの分泌を促す働きがあり成長ホルモン分泌刺激試験に用いられているのですが、刺激試験は15~20gを30分で点滴します。口から飲んだ1~2gのアルギニンがすべて摂取されたとしても肝心の血中濃度は上がらないので、成長ホルモンは分泌されません。成長ホルモンが分泌される点鼻薬が日本で開発されて臨床治験が行われましたが、内因性の成長ホルモンの分泌が認められても、成長の促進は認められませんでした。従って、内因性の成長ホルモンの分泌を促して背を伸ばすサプリはないと考えた方がよいでしょう。Q.身長は何歳くらいまで伸びるのでしょうか?A.思春期が終わり、骨の成長が終わるとそこからはもう身長は伸びません。思春期が身長を伸ばす最後のチャンスです。Q.兄弟なのに身長が全然違います。何がいけなかったのでしょうか?A.確かに兄弟は遺伝的要素が近いと言えます。「ターゲット・ハイト」(目標身長)と言って、両親の身長から子どもの最終的な身長を予想する計算式を以下に示します。男の子の場合 (父の身長+母の身長+13)÷2女の子の場合 (父の身長+母の身長-13)÷2
しかし、これで出された身長は大体の目安で、その遺伝的範囲は男子±9cm、女子±8cm以内です。ということは、兄弟であっても最大で18cmの差が生じる可能性があるということです。あの子の時はこれをした、あれがいけなかったのかな? と思い悩む必要はありません。
子どもの成長に問題があると自分を責める人も少なくありません。成長曲線で低身長症に分類されなければ、あまり気にしすぎないことが重要だと田中先生は言います。
「何度も言いますが、普通の食事をして、普通の生活をしていればそれが原因で背が低くなってしまうことはありません。身長を伸ばそうと特別なことをやることの方がかえってストレスになってしまうかもしれません」
最後に田中先生が面白いことを教えてくれました。親からの愛情をまったく受けずに育った子どもは低身長になる場合があるというのです。この病気は愛情遮断症候群という病気で、親からの愛情が与えられなかったため大きなストレスを抱え、それによって生理的な睡眠時の成長ホルモンの分泌が全くなくなり、結果として成長が止まってしまうのだそうです。
子どもたちの成長を促すのはなんといっても親からの愛情。しっかりとした普通の生活を送り、伸びるべき時を待つ。サッカーのプレーと同じで、親にできることは信じて見守る。問題が起きた時に守ってあげる。これくらいのスタンスがちょうど良いようです。
田中敏章
医学博士。1973年東京大学医学部卒業。たなか成長クリニック院長。日本で成長ホルモン治療が開始された1975年から、神奈川県立こども医療センター、虎ノ門病院、国立小児病院そして国立成育医療センターにおいて一貫して成長ホルモン治療を中心に成長障害の臨床を行う。2007年たなか成長クリニックを開院。日本成長学会理事長、日本小児科内分泌学会評議員、日本内分泌学会功労評議員、公益財団法人成長科学協会理事長、昭和大学医学部客員教授。
取材・文/大塚一樹 写真/新井賢一(ダノンネーションズカップ2013より)