大黒柱のリベリーを怪我で欠く、苦しいチーム状況のなかブラジルワールドカップでベスト8まで勝ち進んだフランス。リベリー不在の穴を埋めたのは164cmの小さな司令塔、ヴァルヴュエナでした。彼は子どものころ不遇を味わいました。ボルドーの育成センターを卒業した後にボルドーを捨てられてしまいました。小さかったために、トップリーグでプロデビューするのは無理、と判断されてしまったのです。ここからヴァルビュエナのすさまじいリベンジ・ストーリーが始まりました。(取材・文/結城 麻里)
Photo By S. Le Bozec
■チビが生きる最良策は、動いてシンプルにプレーすること
彼はシューズ販売の仕事をしながらサッカーを続けます。お金がないので自転車で生活しました。そして5部のアマクラブから、3部のリブルヌ・サン・スランというプロクラブへ這い上がります。とはいえ3部ですから給料は9万円程度。やはり副業が必要でした。しかもベンチばかり。そこにやってきた監督がディディエ・トロでした。トロはすぐにヴァルビュエナの才能を見抜き、トップ下に起用します。そしてクラブは、ヴァルビュエナの活躍で一気に2部に昇格してしまうのです。しかも、フランス人気ナンバーワンクラブのマルセイユ(OM)が、この小さな選手に目を留めたのでした。
この下積み時代に彼は、かつてのプレーを自問し、さらに成長しました。彼は言います。
「最良策は、動いて、なおかつシンプルにプレーすることなんだ。僕はいつもムーブメント(動き)派だったけど、プレーの無駄を削ぎ落とす経験を勝ち取らなくちゃいけなかった」
最もいい動き方、ボールスキルやテクニックの最も有効な使い方、守備に貢献するディシプリンなどを身につけたのです。その結果ヴァルビュエナは、小さいことがハンデであるどころか、武器になることを深く理解します。
「僕の重心が低いことで、大きな選手と敵対したときに、かえって簡単に方向転換しやすくて、それが相手を混乱に陥れるんだ」
こうしてマルセイユに移籍したヴァルビュエナは、長いことリーグアンのディフェンダーたちから嫌われたものでした。小ささを武器にされ、テクニックと俊敏さでキリキリ舞いさせられた挙句、タックルをかませば転がって身を守るため、「わざと大袈裟に転がってシミュレーションでファウルをとるヤツ」と非難したのです。実際ヴァルビュエナはタックルの標的になりやすいため、どうしても転がる傾向があり、笑いものにもされました。
■加速が武器の選手は、筋肉で重くなりすぎてはいけない
しかし、それもあるところから、変化しました。ヴァルビュエナは筋トレで上半身を鍛え、ケガしにくく体を鍛え、転がるのをやめ、守備に貢献し、攻撃的プレーの無駄もさらに削ぎ落としていったのです。
「でも気をつけてよ。(筋トレ)で重くなりすぎてもいけないんだ。加速が僕のプレーの本質だからね」(ヴァルヴュエナ)
こうしてマルセイユでは、ベルギー人監督エリック・ゲレッツに可愛がられ、重用されますが、CLを制した伝説のOM元主将ディディエ・デシャンには、突然冷遇されます。一時は一触即発の関係にもなりました。それでもヴァルビュエナは諦めません。デシャンが呼んだリュッチョ・ゴンザレスのプレーを研究し、イニエスタやシャビのプレーを吸収し、自分の強みを殺さずにそれらをさらに追加していくのです。そしてついに、デシャンを納得させてしまいました。彼はOMになくてはならぬ司令塔となったのです。
一方フランス代表では、レイモン・ドメネク代表監督のもとで2010年ワールドカップを21分だけプレー、しかしローラン・ブランのもとではユーロ2012で0分。ベンチばかりでした。しかしそこに、あのデシャンがやってきたのです。デシャンとヴァルビュエナは、ついに代表で固い絆で結ばれました。ヴァルビュエナは代表にも不可欠な選手となったのです。
取材・文/結城 麻里 Photo By S. Le Bozec