■フットボールで一番難しいのはシンプルにプレーすること
ヴァルビュエナは回想します。
「デシャンのもとで僕は、フットボールで一番難しいのはシンプルにプレーすることだ、と理解したんだよ。最初はキツかった。彼の期待に応えるにはどうしたらいいのか理解するのにちょっと時間がかかった。でも、初っ端から僕を冷遇した対応で、僕の足を地につけてくれたんだ」
それでもヴァルビュエナを、フランス人はずっとバカにしていました。しかし半年ほど前から、確信したのです。ヴァルビュエナこそがリズムをつくり、闘魂を注入し、敵DF陣を混乱に陥れ、攻撃をオーガナイズしているのだ、と。華々しいスターはベンゼマやポグバでも、陰の司令塔はヴァルビュエナなのです。
ブラジル大会でも、それは証明されました。ホンジュラス戦(3-0)、スイス戦(5-2)では、自由電子ヴァルビュエナがいました。そもそもこのスイス戦まで、ヴァルビュエナはデシャン率いるフランス代表で全試合に出場した唯一の選手でした。しかしヴァルビュエナを休ませたエクアドル戦(0-0)では、前線にクリエイティブな動きがつくれなかったのです。
このヴァルビュエナの真実からは、多くのことが浮かび上がってきます。
第一は、低身長はハンデではなく、場合によっては大きな武器にもなる、ということです。第二は、そのためにも小さくてテクニックと俊敏さのある子どもは、しっかり守って育てなければいけない、ということです。フィジカルバトルなどで評価することなく、テクニックを徹底的に伸ばし、フィジカルは徐々に成長に合わせて強化していくことが重要なのです。第三は、フィジカルを伸ばす時期になったら、強み(テクニックや俊敏性)を殺さないように補完しながら強化することです。そして第四は、もし見落としがあってもけっして落伍者の烙印を押さず、小さくて才能のある子をどこかで救ってゆくことです。
ボルドー育成センターで彼を指導したフィリップ・リュカは、悔恨と誇りの両方を滲ませて、こう語っています。
「(クラブは)大人のフットボールで彼が開花できるかどうかに疑問をもったのだ。ボールをもちすぎるし、いざデュエル(一対一の激突)となると、存在しないも同然だった。思春期のプレーをハイレベルのものに変貌させるうえで、遅れをとっていた。だが彼の場合は、もっと辛抱強く待つべきだったかもしれないね。ぐっと後になって開花したからだ」
ワールドカップ・ブラジル大会でフランス代表がどこまで行けるかは、わかりません。しかしヴァルビュエナのストーリーは、多くの小さな子どもたちに勇気と希望を与えていると言っていいでしょう。
プラティニ、ジダン、アンリ、リベリ、ベンゼマ、ヴァランヌ、ポグバ、さらにはドログバ、アザールまで、世界で活躍する逸材が湧き出るように輩出し続ける、育成大国・フランス。本書は、フランスで16年間サッカーの取材を続け、フランス連盟のトップクラスや育成関係のキーパーソン、さらには「レキップ」「フランスフットボール」などにパイプのある著者が関係者への綿密な取材を重ね、その概念やこれまでの試行錯誤と発展の経緯、そして最新の議論に至るまでを体系的にまとめた画期的な一冊。サッカー指導者、育成関係者の皆さんはもちろん、一般のサッカーファンやフランス代表ファンの方にも一読いただきたい内容となっている。
取材・文/結城 麻里 Photo By S. Le Bozec