トラップについて考える第2回目は、実例をいくつか挙げて実戦でのトラップの考え方を広げていこうと思います。キーワードは「止まらずに止める」です。
■クリスチアーノ・ロナウドは止まらない
前回、足下に正確に止められるために、逆にそこを狙われてしまうトラップ技術の皮肉についてお伝えしました。ただしこれは、ボールも人も止まっている状態でのこと。世界のトップ選手はどんなに速いパスでも正確にボールをコントロール、次のプレーにスムーズにつなげていきます。
左サイドに出た低くて速いボール。ものすごいスピードでボールに追いつく、白いユニフォームを着たクリスチアーノ・ロナウド。ボールの速度と、自分の速度を合わせるようにしてトラップ。収めたボールをさらに斜め右、ゴールに向かって力強く押し出すように一人で仕掛けます。
レアル・マドリーのクリスチアーノ・ロナウド選手がよくやるプレーです。たしかにボールをピッタリ止めているように見えます。重要な点はロナウド選手がトップスピードでボールを受けていること。身体はすごい勢いで前に進み、ボールも動いています。ここで足下にピッタリ、文字通りボールを「静止」してしまったらどうなるでしょう? せっかくトップスピードに乗ったロナウド選手の勢いは止まり、前に仕掛ける推進力も失われてしまうことになります。ロナウド選手を始めとする世界のトップ選手は、自分のスピード、ボールの勢いを止めることなく、それを融合させて攻撃のスピードを倍加させる術を持っているのです。まさに「自分へのパス」。絶好のアシストです。
向かってくるパスと、自分の走るスピード、その両方が重なり合うタイミングでボールにミートできれば、ボールは止まっているように見えます。しかし実際にはボールは前に進んでいるのです。
■対人パスで養う「考えるトラップ」
向い合っての対人パス。よく見るおなじみの練習メニューです。この練習では、お互いにパスの出し手と受け手になることで、正確なパスを出す技術、しっかりボールを止める技術がそれぞれに身についくというメリットがあります。このオーソドックスな練習でも、自分で考えながらプレーできる選手とそうでない選手の差ははっきりと現れます。考えながら練習している選手はボールを受けるときに次のパスを出しやすい位置にコントロールするように心がけます。パスに勢いがなければ前にステップしてボールを迎えに行き、ときには仮想のDFを頭の中で描いて、かわしてからパスを出したりします。一方、漫然と練習している選手はボールが来るのを棒立ちで待ち、足下にピタリと止めることだけに腐心します。仮にこの二人のトラップの技術レベルがほぼ同じだとしても「止まっているか、動いているか」の差は実戦で大きく開いていくでしょう。
「ウォーミングアップ」と言われたら、文字通り体を温めるためだけに対人パスをこなす選手と、その中でも工夫して実践に近い形で練習できる選手。この意識の差は練習の質を高める上で無視できないことです。
■ボールは止めても身体は止めない
現在の日本代表で不動のボランチを務める遠藤保仁選手。遠藤選手のトラップは小学生にもぜひ見習って欲しい技術のひとつです。ボールを受ける場所、シチュエーションによってトラップにも色々あります。遠藤選手はポジション柄、ロナウド選手のようにトップスピードでボールを受けることは少なく、DFラインからボールを受け、前を向いて攻撃につなげる攻撃の「ビルドアップ」に関わることの多い選手です。要するに、止まった状態でボールを受けることが多いのですが、このとき、遠藤選手の身体は決して止まっていないことに注目して欲しいのです。ボールを受ける前、遠藤選手の足をみると、細かくステップを踏んでいます。フリーでボールを受けるときも、棒立ちになっていることは絶対にありません。「ボールを待つな」コーチングでよく聞く言葉ですが、待ってしまう選手は、準備段階で両足を揃えた棒立ちになっていることが多いのです。ステップを踏みながらボールを迎える。こうすることで身体の回転数を止めることなく、スムーズに次の動作に移れるのです。
育成指導の現場では、子どもたちに基本に忠実なプレーを求めがちです。もちろん基本があっての応用なのですが、例えば対人パスのときアウトサイドでトラップする選手がいたらなんと声をかけたらいいでしょう? 一昔前の指導者の中には「カッコつけたプレーするな。いまはしっかり止めることだけやれ」なんて言ってしまう人もいました。もしかしたら、選手の想定の中では斜め前に邪魔なDFがいたのかもしれません。アウトサイドで止めた理由があったのかもしれないのです。これを叱られてしまった選手は、足下に収めることだけがトラップだと思い込んでしまうかもしれません。
いい練習とは実戦に近い練習。悪い練習とは、いざ試合になったとき再現されそうもない、使わない技術を練習のためだけにする練習。多くの優れた指導者は声を揃えてそう言います。トラップから話が広がりましたが、普段の練習の対人パスからトラップの質、練習の質を見直してみるのも「自分で考えるサッカー」への近道かもしれません。
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大塚一樹(おおつか・かずき)//
育成年代から欧州サッカーまでカテゴリを問わず、サッカーを中心に取材活動を行う。雑誌、webの編集、企業サイトのコンテンツ作成など様々 な役割、仕事を経験し2012年に独立。現在はサッカー、スポーツだけでなく、多種多様な分野の執筆、企画、編集に携わっている。編著に『欧州サッカー6大リーグパーフェクト監督名鑑』、全日本女子バレーボールチームの参謀・渡辺啓太アナリストの『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』を構成。
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文/大塚一樹 写真/サカイク編集部(ダノンネーションズカップ2012より)