前回はフットサルがプレスピードや考えるスピードの強化に役立つ、小学生年代に最適なトレーニングである理由についてお話をしました。ロナウジーニョ、ロビーニョ、ネイマールのブラジル勢に代表される南米選手のテクニックの源泉が、フットサルにあることは、本人たちがことあるごとに証言しています。
メッシやネイマールも尊敬するバルセロナの偉大な先輩、ロナウジーニョはこう言っています。
「僕がキャリアをスタートしたグレミオでは、入団した子どもはまずフットサルをやるんだ。サッカーの能力を伸ばすにはフットサルが最適と考えたんだろうね。当時の僕も完全にハマっていたよ」
■ブラジルではストリートサッカーに変わる天才発掘工場に
南米はなんと言ってもフットサル発祥の地。長い間、ブラジルとウルグアイの間でどちらが本家か論争がありましたが、現在はウルグアイをフットサルの原型となるサロンフットボール発祥の国とする説が有力です。サロン=salonは、室内を示す言葉です。ウルグアイでははじめ体育館の中で野球ボールを使って簡単なサッカーをしたことが元になって、この競技が始まりました。どこでもボールが蹴りたくなってしまうのは、時代を問わずサッカー好きの性分のようです。
ブラジルはボールを重くして、弾みを抑える現在のフットサルボールを開発した国です。歴史が古いだけに人気もあり、子どもたちはごく自然にこの競技に触れ合うことになります。以前のブラジルは“ペラーダ”と呼ばれるストリートサッカーから次々に天才を世界に送り込んでいました。現在では特に大都市ではストリートサッカーのできる環境もなくなり、フットサルやビーチサッカーが天才の発掘工場になっています。
■ネイマール少年のハードなスケジュール
起床するのは朝6時、午前中はブラジルの普通の子どもたちと同じように授業を受け、お昼になると所属先のブラジルの名門サントスFCに移動。クラブハウスで昼ご飯を食べると午後は陽が暮れるまでみっちりサッカーの練習。夕ご飯を済ませて「さぁ今日も終わり」と思ったら、なんとそこからフットサルのトレーニング。すべてを終えて帰宅するのは夜の11時頃。
これは、当時10代前半だったネイマール君のスケジュールです。すでにブラジル全土から注目を集める選手だったネイマール君はこんな超ハードスケジュールをこなしていました。ブラジルでは、夜のトレーニングとしてフットサルを取り入れるのが一般的。ネイマールのあの華麗な足さばき、圧倒的なテクニックは、もちろん天性のものもありますが、それをさらに伸ばしたのは、少年時代の過ごし方に秘訣があったようです。
ちなみにネイマールを見出したのはロビーニョの育ての親であるフットサル育成のスペシャリスト、ベッチーニョという人物。スカウトされたとき、ネイマールは足場の悪いビーチの上で華麗なテクニックを披露していたそうです。
■フットサル生まれのかわし技「ラボバ」
ダレッサンドロという選手をご存じでしょうか? アルゼンチンの名門リーベルプレートの下部組織で育ち、ヴォルフスブルグで欧州デビュー。現在はブラジルのインテルナシオナルでプレーする、独特の間合いとテクニックで強烈な存在感を放つ選手です。ダレッサンドロの得意とするプレーに「ラボバ」という技があります。DFと正対しながら、ボールを一度さらし、相手が足を出してきたところで足の裏でボールを引く。さらに相手がボールを追ってきたところで、逆を突いて前に出る。
この足裏の“引き技”は、子どものときにフットサルをプレーしていたダレッサンドロならではのテクニックです。ブラジルと並ぶサッカー強国、アルゼンチンでも室内でのサッカーはサロンフットボールとはまた違った独自の発展を遂げています。
フットサルよりも少し狭いコートでボディコンタクトとボール保持者へのスライディングタックルが許されている「バビーフットボール」がそれです。アルゼンチンの多くのクラブでは、8歳から13歳までのちょうどゴールデンエイジに当たる選手たちはこのバビーフットボールでリーグ戦を行っています。当然あのメッシもバビーフットボール経験者。2010年にフットサルのルール改正が行われてからはボディコンタクト、スライディングの判定に差がなくなりましたが、身体の使い方に加え接触プレーで「手をうまく使う文化」が発達しているアルゼンチンでは、フットサルとはまた違った激しいプレーが繰り広げられています。
ダレッサンドロのラボバも、メッシの紙一重で交すドリブル技術も、こうした「相手が深いスライディングをしてくる」「積極的にボールを狙ってくる」というディフェンス環境の中で磨かれた技と言えるでしょう。
■「南米独特のリズム」もトレーニングの賜物?
ブラジルやアルゼンチンに代表される南米の選手は足の裏を使ったプレーを得意にしています。彼らの常にボールを止めない、または自分の身体が止まらない、細かいステップやタッチは「南米独特のリズム」などと表現されることがありますが、実はフットサルをはじめとする狭いピッチ、重くて小さい弾まないボールによって養われ、鍛えられていったものなのかもしれません。(足裏のテクニックについてはこちらの記事も参考になります。「フットサル日本代表の逸見勝利ラファエルも使ってる!サッカーにも活用できる足裏テクニック」)
日本のフットサルの元になった「ミニサッカー」も当時、日本リーグでプレーしていたセルジオ越後さんやアデマール・マリーニョさん、ラモス瑠偉さん、ジョージ与那城さんたちブラジルコネクションの「ブラジルでは子どもたちはもっと狭いエリアでサッカーをしている」という指摘を受けて誕生したそうです。狭いエリアで1対1を頻出させることで、相手を出し抜く術を身に付けていくフットサルは、縦にチャレンジするタイミングやシュートチャンスの見極めに思い切りがないと言われる日本人にこそ必要な要素が詰まっています。
大塚一樹(おおつか・かずき)//
育成年代から欧州サッカーまでカテゴリを問わず、サッカーを中心に取材活動を行う。雑誌、webの編集、企業サイトのコンテンツ作成など様々 な役割、仕事を経験し2012年に独立。現在はサッカー、スポーツだけでなく、多種多様な分野の執筆、企画、編集に携わっている。編著に『欧州サッカー6大リーグパーフェクト監督名鑑』、全日本女子バレーボールチームの参謀・渡辺啓太アナリストの『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』を構成。
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文/大塚一樹 写真/小林健志(バーモントカップ全日本少年フットサル大会2013より)