■ピッチ上の自立は私生活から
いかに若い選手たちをひとりの人間として自立させるか。ピッチ上ではつねに相手の状況を見て、自分がどこのポジションに立てばいいか、どこを狙えばいいかをつねに考えさせる。そしてアプローチは、私生活にも及んでいる。オフ・ザ・ピッチでも、選手全員で映画を見て、その感想をグループディスカッションして、それぞれがみんなの前で発表するというもの。その題材となる映画も『アルマゲドン』などの、グループワークや結束力をテーマにした映画を見せ、それについて意見をぶつけ合わせる。さらに合宿ごとにゲストを呼び、そのゲストの話を聞いて同じようにディスカッションするなど、あくまで自ら考えコミュニケーションをとる中で、自分の考えを磨くアプローチをしている。
「大事なのは自分の責任でプレーを選択すること。育成年代では采配うんぬんよりも選手が感じるかどうかが大事。考えるのではなくて感じることができるか。ピッチ上のどこにチャンスがあって、どこにピンチがあるか。この感性を鍛えないと10年後はないと思います。いま、自分の責任では社会が動かない世の中になってきている。サッカーの部分でそこをくすぐりたい」。
ピッチ上での自立は私生活から。私生活で感性を持って、自らの意志で考えて行動する。
「自ら自分を律して、自分の責任で生活リズムを作る。これが育成年代からできるかどうかが大事。92年のネイマールはもう世界のトップスターになっているのに、日本からは誰も出ていない。これは悲しいこと。彼らが20歳や21歳になった時に、ひとりでもトップに行ける集団になってほしい」
今回、残念ながら結果は出なかった。しかし、だからといって吉武監督のサッカーとそのアプローチが、これで途切れてしまうのはもったいない。自立はなにも吉武サッカーにのみ大切なことではない。サッカーにかぎらず、子どもが関わるさまざまな場面で重要なファクターなのだ。自ら考え、選択肢を生み出し、決断して実行する。それは決して、わがままや自分本位では成立しない。周りを見て、状況を見て、自分の本心や本能まで見たうえで、多角的に判断する。吉武サッカーが投げかけたものは『単なるポゼッションサッカー』ではなく、『選手個々の自立に基づいたポゼッションサッカー』であり、自立こそが子どもから大人に切り替わっていく過程において、無くてはならないものである。
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取材・文・写真 安藤隆人