昨今、子どもの「ヘディング禁止」が話題になっています。2020年にイングランドサッカー協会(FA)は「11歳以下は原則ヘディング禁止」を打ち出し、アメリカは以前から、年令によるヘディング禁止(制限)を掲げています。
ヘディングが成長期の子どもの頭や身体に及ぼす影響はどれほどなのでしょうか? 理学療法士として医療現場でリハビリテーションに携わり、「サッカーにおけるヘディングの累積曝露と慢性外傷性脳症に関する最近の知見」という論文を発表した、臼井直人さんに話を聞きました。
(取材・文:鈴木智之)
■ヘディングは健康障害の原因になるのか
自身も「お父さんコーチ」として、千葉県松戸市の少年団でコーチをしている臼井さん。小学4年生を担当しており、理学療法士としての知見を活かしながら、サッカーの指導にあたっています。
少年期のヘディングの是非について、臼井さんは「大前提として、ヘディングと健康障害の因果関係ははっきりとはわかっていません」と前置きをした上で、次のように話します。
「イングランドでガイドラインが出たのは 『The New England Journal of Medicine』という世界一影響力があると言われている臨床医学ジャーナルの中で『プロサッカー選手が高齢になったときに、認知症やパーキンソン病など、脳の神経変性疾患で死亡する頻度が3.5倍高かった』という研究結果が出たことに依ります。明確な因果関係は定かではありませんが、おそらくヘディングが影響しているのではないかと考えられています」
■ヘディング後、頭痛が続いたら注意
幼少期から繰り返しヘディングをすることで、脳へのダメージが蓄積されることは想像に難くありません。なかでも問題視されているのが、子どものヘディングです。
「ヘディングでは、頭部の質量が小さいほど、衝撃が大きくなることが分かっています。子供や女性では、男性に比べ頭部の質量が少なく、頭部を支えるのに十分な筋力が備わっていないため、ヘディング時に頭にかかる衝撃は、大人の男子サッカー選手よりも大きくなります。アメリカの論文によると、中学生や女子サッカー選手の約半分の選手が、ヘディング後に頭痛を経験していることが明らかになりました。選手は『ヘディングをすると頭が痛くなるのは当たり前』と思っているかもしれませんが、そのまま継続してプレーしている現状は問題視する必要があると感じています」
転んで頭を地面に打つ、頭同士がぶつかることなどで脳振盪が起きますが、子どもの場合、ヘディングをすることで軽度の脳振盪になることもあるそうです。
「子どもの場合、ヘディングによって数日間頭痛が続いたケースや、2、3週間も健忘症が続いたケースも報告されています。そのようなことが起こり得ることは、知っておく必要があると思います。サッカーの試合の後に頭痛やめまいが続く、目がかすむ、家で落ち着きがないという子に関しては、症状が治るまで待ってプレーを再開したり、ヘディングを禁止するといった対応は、少なくとも必要なのではないかと思います」
実際のところ、ジュニア年代の子どもに対して「ヘディング禁止」したほうがいいのでしょうか?
「練習ではノーバウンドのボールやGKからのキック、クロスボールに対しては、ヘディングをしない方がいいと思います。イングランド(FA)のガイドラインは『18歳頃までは、徐々に回数を増やしながら行う』となっていますが、クロスボールやパントキックを繰り返しヘディングすると、短期的に記憶力が落ちます。記憶のテストをすると、ヘディングをする前と後では明らかに点数が落ちるという研究結果があるんです」
実はこのような目に見えた症状が現れない脳振盪は「亜脳振盪」と呼ばれ、日本ではほとんど知られていませんが、アメリカでは10年以上も前にメディアに取り上げられ定着している概念なのだと臼井さんは教えてくれました。
ロングキックやクロスボール、シュートに対するクリア時のヘディングの衝撃は大きく、誰しも頭がジーンとしたり、ズキンとした痛みを感じたことがあるのではないでしょうか。
「シュートに対するクリアやクロスボールは頭への衝撃が強く、即時的な記憶や注意力、思考スピードの低下が生じます。このヘディング直後の記憶力の変化は、脳の防衛反応とも言われており、このような亜脳振盪を長年繰り返すと、脳の障害に繋がる可能性があると言われています。 そのため、そのようなシチュエーションは練習で行わない方がいいと思います。ただし、スローインのボールをヘディングするなど、ワンバウンドしたボールに対するヘディングは OK です。衝撃は小さいですからね」
頭部に対する衝撃に目を向けることは、子どもの身体を守ることにもつながります。
「ジュニア年代でヘディングの練習をするときは、高学年になるまで待って、柔らかくて軽い3号球を使うと良いと思います。それと、正しいフォームを意識することも大切です。ヘディングは髪の生え際のところにボールを当てて、インパクトの瞬間まで目を開いて、ボールをしっかりと見ます。そのヘディングの仕方をマスターすれば、衝撃は少なくなります。ジャンプヘッドや横から来たボールは難しいのですが、無謀なヘディングにならないように、基本を知っておくことが大切です」
■ヘッドギアをつけてヘディング練習をする方が衝撃が増える
子どもたちが「ヘッドギア」をつけてサッカーをしている姿を見かけますが、ヘッドギアをつければ、ヘディングの衝撃を受けずに済むのでしょうか?
「ヘッドギアはあくまで、硬いものと衝突する際に、頭を保護するためのものです。つまり、ヘディングの衝撃を守ってはくれるものではありません。ちなみに、ヘッドギアを付けてヘディングをする方が、頭にかかる衝撃は増えるというデータもあります。そのことからもわかる通り、ヘッドギアをつけてヘディングをするのはやめたほうがいいと思います」
ヘッドギアが効果を発揮するのは、地面や頭同士など、硬いものと接触するときです。試合中にヘディングの機会がほとんどない10歳以下や、フットサルなどのミニゲームなどでの装着は理にかなっており、場面を選んで上手く使用していくと良いでしょう。
「アメリカでサッカーの脳振盪に関する国際会議があり、『ヘッドギアはヘディングから頭を守るためにするものではありません』と注意喚起がされています」
■大人が知っておくべきヘディングの注意点
ジュニア年代はなるべくヘディングをしない。するなら柔らかいボール(3号球など)を使う。ヘッドギアはヘディングから頭部を守ってくれるものではない。脳振盪の症状を教育し、症状が現れた場合はコーチに報告をする。これらをコーチを始めとする大人が理解し、実行することで、子どもたちの身体を守ることにつながるでしょう。
次回の記事では、子どもたちに増えている「シーバー病」や「腰椎分離症」にならないためのアドバイスをお伝えします。
臼井直人(うすい・なおと)
理学療法士・腎臓リハビリテーション指導士
<所属>
医療法人社団嬉泉会 嬉泉病院 リハビリテーション科 科長
順天堂大学 大学院 医学研究科 腎臓内科学
所属の嬉泉病院 リハビリテーション科では、腎臓病患者のフレイルや、心肺機能と自律神経障害、リハビリテーションなどの臨床研究に取り組んでいる。
学会学術集会では優秀賞などを受賞、その他、論文・著書・学会発表など多数
2020年9月には論文「サッカーにおけるヘディングの累積曝露と慢性外傷性脳症に関する最近の知見」を発表
「サッカーにおけるヘディングの累積曝露と慢性外傷性脳症に関する最近の知見」はこちらで閲覧できます>>