サッカーを題材に科学をより身近に感じてもらうことを目的とした「親子で学ぶサイエンスサッカースクール」が、5月18日(土)神奈川県横浜市の日産スタジアム(しんよこフットボールパーク)で開催されました。
Jリーグフェアプレーパートナーの東京エレクトロン株式会社が主催するこのイベントも、今年で3年目を迎えました。初年度の2011年は「バナナシュート」、そして昨年度の「弾丸シュート」に続いて、今年度は「トラップ」がテーマです。
■トラップの達人になるために覚えておきたい力積とは?
「ボールをとめる技術があるからこそ、正確なシュートを打つこともできるし、ドリブルでボールを運ぶこともできます」とゲストの小倉隆史さん、三浦淳寛さん、波戸康広さんがトラップを実演してくれました。3名の元日本代表選手によるパフォーマンスに会場もどよめきます。
本スクールの講師であるNPO法人ガリレオ工房・稲田大祐先生(相模女子大学 准教授)は、司会のアメリカザリガニ・柳原哲也さんと軽妙なやりとりを交わしながら、「ジダンやメッシのようなトラップの達人になるために覚えてもらいたい言葉があります!」と子どもたちに投げかけます。
「その大切な言葉は“力積(りきせき)”と言います。簡単に言うと、力をコントロールする法則です」
さあ、トラップの達人になるための実験がスタートです!
まず用意されたのが、ふたつのサッカーボールを吊り下げた「振り子トラップ」という装置です。サッカーボール(右側のボール)を人間の体(左側のボール)にぶつけてみます。すると、サッカーボールはピタリと止まりましたが、ぶつけられた人間の方は飛んでいってしまいました。これではダメです。トラップになりません。
「同じ質量、同じ重さの物を使っていたからです」と稲田先生が原因を説明します。
でも、実際にはサッカーボールと人間の体では、重さが違います。そこで、ボーリングの球(人間)とゴルフボール(サッカーボール)を使って、本物の比率に近づけてみました。
実験の結果、ボーリングの球は動きませんでしたが、今度はゴルフボールが跳ね返ってしまいました。これもトラップとは言えません。
「ゴルフボールは、重たいボーリングの球にぶつかると一瞬でスピードがゼロになります。すると大きな衝撃を受けて変形してしまいます。そのあと、変形したボールは元の形に戻ろうとしてはね返るわけです」
それでは、ボールが潰れたあと、元の形に戻ろうとしてはね返るのを止めてあげれば、上手にトラップをすることができる。つまり、ボールが変形しないように体で衝撃をやわらげてあげればいいというわけですね。
「ボールを変形させないで止めるために、プロサッカー選手などは“あること”をしています。その“あること”が今回のキーワードである“力積”なのです」
■身体をうまく使って“動く壁”になろう!
稲田先生は水風船を用意すると、「普通に落としたら衝撃を受けて割れてしまいますね。なので、水風船が割れなければ、衝撃を受けなかったということになります。地面などの硬いものに落とすと割れてしまいますので、柔らかい物の上に落としてみようと思います。さあ、水風船はどうなるでしょうか?」と会場の子どもたちの反応を確かめてから、クッションの上に水風船を落としてみました。多くの子どもたちが予想したとおり、水風船は割れませんでした。
柳原さんの「なんでだろう?」との問いに「地面は硬いから割れるけれど、クッションは衝撃をやわらげてくれるから割れない」という意見が子どもたちからとびだしましたが、「それではプロサッカー選手のように鍛えられたカチカチの筋肉で覆われた体でボールを受け止めたとしたら、衝撃をやわらげることはできないよね?」と稲田先生は首をかしげます。
「では、プロサッカー選手が、どうしているのかというと、体をうまく使って“動く壁”になっているんです」そう言って、バネで吊り下げられた板の上に水風船を落としました。すると、硬い板の上でも水風船は割れませんでした。
■時間をかけてゆっくりと受け止めてあげる
「水風船を受け止めた板は、風船と一緒に下に沈むことによって時間をかけて風船の動きを止めたのです。このことが重要です。ピタッと止めたのではなく、時間をかけて止めることによって、衝撃をやわらげることができるんです。この時間と力の関係が“力積”です」
硬い木の板とぶつかっても水風船が割れないのは、板のバネが伸びることによって水風船が時間をかけて止まったからなのでした。
「水風船がぶつかってから動きを止めるまでの時間を少しでも長くすることで、硬い板でも水風船を割らずに受け止められるのです。だから、プロサッカー選手のように硬い胸の部分でも、ボールを吸い付けるように接触させながら体を後ろに引いてあげる。ボールが胸にあたってから止まるまでの時間を少しでも長くしてあげることで、大きくはね返らずに足もとに落とすことができるんです。“力積”がボールをコントロールする上で、とても重要な原理ということが分かっていただけたと思います」
■みんなの大好きなサッカーのなかにも科学は関係しているということ
サッカーのトラップと“力積”の関係が理解できたところで、小倉さんがもう一度トラップの実演をして見せます。小倉さんが、身体を後ろに引いて、ボールを胸に吸い付かせるようにしながら、ゆっくり長い時間をかけてとめているのがよくわかりました。
「僕らのころは、どうしたらトラップが上手にできるのかなんて、理屈を説明してもらうことはありませんでしたから、とにかく練習して感覚だけで身につけたものです。だから、「勉強なんてどうでもいいじゃないか」なんて思っていましたけど、理科もサッカーに関係しているんですね(笑)。だから、これを機会に、みんなには学校の勉強でも『いろいろな物事に役立つことがあるかもしれない』という姿勢で取り組んでもらえたら嬉しいです。自分の力で考えて物事を工夫することのできる人に成長してもらえればと思います」と小倉さんの感想です。
そして、科学実験の仕上げとして、参加した子どもたちは“力積”の原理を応用したゲームに挑戦しました。二人ひと組になって、マシンから放たれたボールを正方形の壁にあててから、かごに入れたら得点になるというものです。トラップのときは身体をひくのですが、このゲームでは手で壁を引くことによってボールの動きを止めるのです。ゲストの小倉さん、三浦さん、波戸さんも子どもたちと一緒になってゲームに参加して“力積”を体感していました。
最後に稲田先生が、「今日は、胸の硬い部分でも、長い時間をかけてボールを吸い付けるようにすれば、勢いのあるボールを止めることができることを学びました。その仕組みに使われているのが“力積”です。でも、これは高校の物理で習うものです。小学生がちゃんと理解をするのは難しいかもしれません。だから、『こんな言葉を知っている』程度で十分です。科学は教科書のなかのことだけではありません。サッカーのなかにも科学の原理が入っているのです。そのことが分かってもらえて、みんなの好きなサッカーに科学を活かしてくれて、理科も好きになってもらえたら、先生は幸せです」とまとめて科学実験プログラムは幕を閉じました。
【2011年取材記事】
【2012年取材記事】
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取材・文・写真/山本浩之