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サッカー豆知識

ポイントは「どれだけラクするか」世界の戦術トレンドに学ぶ「無駄走り」を抑えた効率的な守り方

公開:2019年8月19日 更新:2019年8月20日

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ロベルト・バッジョにほれ込みイタリアに渡って20年、現在は10代の息子さんのサッカーライフを通じ、イタリアのサッカー文化を日本に発信する宮崎隆司さん。

昨年発売した遊びごころ満載の育成哲学とイタリア流ストレスフリーな子育てを描いたサッカー読本「カルチョの休日 -イタリアのサッカー少年は蹴球3日でグングン伸びる-」も好評発売中です。

今回は、イタリアの名門「ユベントスFC」も取り入れる「トータルゾーン」という守備戦術についてご紹介します。

2018-19シーズンのUEFAヨーロッパリーグを制したチェルシーを率い、今シーズンはUEFAチャンピオンズリーグ(以下CL)制覇を目標とするユベントスの監督に就任したマウリツィオ・サッリ監督が使う守備戦術。

みなさんのチームでは「どうやって」守っていますか? 世界には守備の戦術もたくさんありますが、この「ラクをして省エネ」な守り方は、まじめで勤勉な選手が多い日本でも大いに参考になるのではないでしょうか。(テキスト構成・文:宮崎隆司)

 

■どれだけ「ラクをして」守るか、効率がカギ

もちろん考え方は監督さんによって様々。それに、サッカーだけでなく他のスポーツでも完璧な戦術なんてものは存在しません。どんな考え方にだって一長一短ある。ですから、これからご紹介する戦術が絶対だなんて微塵も思っていません。という前置きを大前提として、以下に記す「どうやって守るか」の一つの考え方をちょっとのぞいてみてください。

ポイントは、いかに無駄なく走るか。言い換えると、いかにして効率よく守るか。さらに誤解を恐れずに言葉を変えれば、どれだけ「ラクをして」守ることができるか。これを突き詰め、ラクをすることで温存されるエネルギーを費やして攻撃へ――

それが『トータル・ゾーン』と呼ばれる戦術。最たる使い手は、来季(2019/20シーズン)からユベントスを率いる監督、マウリツィオ・サッリです。

是が非でもチャンピオンズ・リーグ(CL)を制したいユベントスがサッリに白羽の矢を立てた意味は、まさにこの監督が実践する『トータル・ゾーン』にあると言っても過言ではありません。

では、そのユベントス首脳が賭ける戦術の中身を見ていきましょう。

 

■他の戦術との違い

皆さんのチームでは「どうやって」守っていますか? という冒頭の問いに、きっと多くの人が「マンマーク」または「ゾーン」、あるいは「マンマークとゾーンの併用」と答えるでしょう。

そして、従来の「マンマーク」の場合だと、基本的に「ボールの位置→相手の位置」の順に判断し、守る側の選手全員がポジショニングを決める。

一方、通常の「ゾーン(・ディフェンス)」では、「ボールの位置→味方の位置→相手選手の位置」と優先順位が変わる。

Jリーグの試合にみる具体的な例が示す通り、きっと育成のカテゴリーでもこのように指導されるケースがほとんどだと思います。特に前者のケースが多いのではないでしょうか。

つまり、ここが最も顕著に異なる点です。サッリが過去に率いたエンポリやナポリでも、昨季までのチェルシーや今季からのユベントスでも、守備の局面において選手全員がポジショニングを決める上での基準は次のようになります。

「ボールの位置→守るべきゴールの位置→味方の位置」

そう、最も大きな違いは「相手ボールの局面で、ボールを持つ選手以外の相手選手の位置を一切考慮しない」ということ。

このポイントを、叩き上げの頑固な職人気質で知られるサッリは、彼らしくこう表現しています。

『ボールを持たない相手選手の位置など知ったことではない』

なぜなら、あくまでも「丸いボール」がゴールラインを割って初めて得点(または失点)となるのがサッカーなのだから、そのボールの動きをマークしてさえいればいい。言うまでもなく、相手選手の体がゴールの枠の中に入ってもそれは何ら意味がないので、ならばボールを持たない相手選手の動きに惑わされる必要はないということです。

 


■サッリ率いるチームがどう変わったのか

とはいえ、言葉による説明だけではピンとこないでしょうし、何と言っても従来の考え方とはおよそ180度異なる概念ですから、懐疑的に思われる方も決して少なくはないでしょう。「相手選手の動きを考慮に入れないって、そんなんでホントに守備ができるの?」と。

しかしながら、この『トータル・ゾーン』の優れた機能性は他ならぬサッリの実績が証明しています。
貧しい地方クラブ、エンポリの監督となって以降の数字は以下の通りです。

2012/13 前年のセリエBで18位と低迷していたエンポリを、就任1年目にしてセリエB4位に導く(惜しくもプレイオフで敗れ、セリエA昇格を逃す)
2013/14 同じくエンポリを率いてセリエB2位(セリエAに自動昇格)
2014/15 同じくエンポリを率いてセリエA15位(絶対不可能と目されていたA残留を果たし、最も美しいサッカーとしてイタリア国内のみならず欧州で広く賞賛される)
2015/16 古豪ナポリを率い、セリエA2位(首位ユベントスとの勝ち点差9)
2016/17 同じくナポリを率い、セリエA3位(首位ユベントスとの勝ち点差5)
2017/18 再びナポリを率い、セリエA2位(首位ユベントスとの勝ち点差4)
2018/19 チェルシーを率いてプレミアリーグ3位、ヨーロッパ・リーグ制覇

そして今季、ユベントスの監督として遂に自身初となる国内リーグ制覇を遂げてみせるのか。さらにはクラブの悲願であるCL制覇をも実現してみせるのか。

9月以降、美しく勝とうとするサッリ采配への注目はかつてないほど高まるでしょう。

 


■『トータル・ゾーン』と日本サッカーの発展

加えて、攻撃に目を転じればどうなるか。もちろん細かいところでの違いはあるとはいえ、サッリが率いるチームとバルセロナペップ・グアルディオラ率いるチームのそれは実に多くの共通点があります。その一つが、このところ日本サッカー界でも盛んに語られる「ポジショナル・プレー」です。

つまり、攻撃と守備が常に表裏一体の関係にあるサッカーにおいて、サッリの戦術はポジショナル・プレー(ボールポゼッション)とトータル・ゾーン(守備)が文字通り一体となって形作られています。

守備的か攻撃的か。いわゆるパスサッカーか、またはカウンター重視の戦い方か。そういう二元論でサッカーをとらえるのではなく、あくまでも攻撃と守備は常に表と裏が一体の関係にあるのだから「どう攻めるか」と「どう守るか」をイコールで結んで戦術を組み立てるのです。

ちなみに、同じくトータル・ゾーンを戦術の柱とするのは、昨季までサンプドリアを率いたマルコ・ジャンパオロ(2019/20シーズンからミランを指揮)。

この両者が対戦すると、例えば中盤の攻防は以下の図ようになります(ナポリvsサンプドリア)。ギリギリまでコンパクトに保たれた両チームの陣容を見て取ることができるでしょう。

 

ナポリvsサンプドリア1_600.png

 

ポジショナル・プレー(シンプルにして変幻自在のポゼッションと鋭利な縦パス)で攻め込み、しかしボールを失えば瞬く間に敵のボール保持者にプレスをかけ、その守備網を破られればトータル・ゾーンで敵の攻撃を食い止める。そして再びポジショナル・プレーを軸とする攻撃へ――

ただし、このトータル・ゾーンを機能させるにはチーム全体が一つの明確な基準(ボールの位置)をもとに一糸乱れぬ動きを継続する必要があるため、その習得に短くはないトレーニング期間を要することはもちろん、何より90分間を通して落ちない集中力がチーム全体に求められます。一人でも判断を誤れば、即座に守備網の「穴」となって敵を利することになるからです。

とはいえ、ボールの位置を基準としてチーム全体がポジショニングをとれば、以下の図でも明らかなように、チーム全体は自ずとコンパクトになり、それはつまり無駄な走りを可能な限り少なくできるとの利点をもたらします。

 

ナポリvsサンプドリア2_600.png

 

もちろん、この戦術を滞りなく実践するのは容易ではありません。

ですが、だからこそ私は、このトータル・ゾーンを最も高いレベルで機能させ得るのは他ならぬ私たち日本人だと考えるのです。

一糸乱れぬ動きに必要な勤勉性という資質、高い集中力を保つ上で最も重要な精神力という資質。この二つの要素の総和を考えるとき、おそらく日本人選手こそが最も高い水準にあると確信するからです。

余談ながら、一糸乱れぬ動きに関して敢えて付け加えれば、例えば日本体育大学で有名なあの「集団行動」。あれだけの精密な動きを可能にする国民は世界広しといえども日本人のみ。そう言って間違いないでしょう。ならばサッカーにおいても同じように美しく機能的な動きを可能にできないはずはないと思うのです。

今回は戦術の細部について触れることはできませんが、トータル・ゾーンの実践に要する具体的なトレーニング方法なども含めて、いつかまたの機会に改めて詳細をご紹介できればと思います。

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テキスト構成・文:宮崎隆司

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