前編では、2010年南アフリカW杯でのふたつのエピソードから、指導者の子どもたちへの言葉掛けの大切さを紹介していただきましたが、後編では、4人のお子さんの父親でもある小倉コーチが「仕事柄、僕の場合は土曜日や日曜日に家にいることが少ないので、親としての役割があまりできていません。 だから、ちょっと苦手な話題ではあるのですが(笑)」との前置きからはじまった“保護者の立場から見た指導者について”のお話からお届けしましょう。
■保護者とのコミュニケーション~我が子の普段とは違った一面が知りたい~
保護者がコーチから聞く一番嬉しい話題というのは、何といっても自分の子どもを誉めてもらうことです。「ドリブルが上手くなった」だとか競技でのことを誉められることも嬉しいのですが、親としては、自分の見ていないときの我が子の様子も気になっているわけです。
たとえば、試合でのハーフタイムのときにベンチにいる子なんかを観察してみますと、試合に出場している子のためにドリンクのボトルを用意したり、目立たない裏方としての役割を率先してこなしてくれる子がいたりします。そんな些細なことでも「チームのためにガンバっていましたよ」と報告してあげれば、その場にいなかった保護者としては、我が子の心の成長だとか意外な側面を知ることができます。
また、とくにサッカーなどの団体スポーツの場合は、集団で行動する機会が多いので、たまには子どもたち一人ひとりと1対1で向かい合ってコミュニケーションをとる機会を設けてみるのもいいでしょう。その子どもの考え方だとか、集団のときとは違う一面を引き出すことができます。そういった一面を保護者に伝えることも指導者の役割であるのかなと思います。
■チームメイトとのコミュニケーション
それでは次に、実際に日本代表チームとして集まった選手たちが、チームとしてまとまっていくために取り組んだゲームを紹介しましょう。
チーム全員が座ったまま円陣を組んで、「いっせーのせ!」の合図で勢いよく一斉に立ち上がるというものです。円に加わった二十数名が息を合わせなければ立ち上がることができません。周囲とコミュニケーションをとりながら協力しあうことが絶対に必要となります。そうとう難しいゲームですが、ぜひ、皆さんのチームでも試してみてください。
こうしたゲームは、チームで取り入れる前に指導者だけで集まって、実践してみるといいと思います。自分たちがやってみて楽しめるかどうかです。コーチが楽しいと思えなかったものを子どもたちに薦めても、子どもたちだって楽しいとは思わないはずです。そして、コーチ同士が一緒にゲームをすることによって親密度が増せば、お互いの信頼関係を築きあげることができ、自然とチームの雰囲気もよくなることでしょう。
■一流の選手は優れた環境があるからこそ育つ
いいサッカー選手というのは、自分自身が好き勝手にやったことでなれるわけではなく、整ったサッカー環境のあるところで育まれることが多いようです。それは設備云々ということではなく、『サッカーを好きになれる・仲間を好きになれる・チームを好きになれる』という環境のことです。好きだからこそガンバって続けることができ、その結果がプロ選手や代表選手への道へと繋がっていくわけです。ですから、クラブ側も、プロ選手の育成をするということを前面に揚げるのではなく、そうしたコミュニケーションのある環境作りを率先していくのがいいのではないでしょうか。
■おわりに
最後に会場の指導者から「我々の世代では、まだ根性主義のような指導が中心でした。結構、子どもに対して怒鳴るような指導者も大勢いました」という声がありました。
小倉コーチは「小学生に対して、あまり厳しい言葉を使うのはどうかと思いますが、指導の現場では、叱咤しなければいけない場面もときにはあることでしょう。ただし、そこはコーチと子どもたちが日頃からコミュニケーションをとれていて、しっかりとした信頼関係が築かれていることが前提になると思います」と解答をしました。そして、何よりも重要なこととして、「子どもたちが目を輝かせて楽しそうにサッカーをやっていることが一番なんです」の一言で締めくくられました。
小倉勉//
おぐらつとむ
財団法人日本サッカー協会 ナショナルコーチングスタッフ。大阪府出身。府立摂津高校から天理大学を経て、89年に同志社香里高校にてサッカー指導者としてのキャリアをスタートさせる。90年にはドイツに渡り、ベルダーブレーメン(ドイツ)ユース、ジュニアユースの監督に就任。帰国後は、ジェフユナイテッド市原・千葉で育成部コーチ、強化部などを経て、2010年の南アフリカW杯に日本代表チームのコーチとして参加。現在は、U-23日本代表チームのコーチとして活躍している。
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取材・文・写真/山本 浩之、写真/小川博久