考える力
高校サッカー日本一の静学・川口修監督に聞く、劣勢を跳ね返すのに必要な「頭を整理する力」を身につける指導
公開:2020年3月25日
令和最初の全国高校サッカー選手権で優勝を果たした静岡学園高校。前半は劣勢だった静岡学園のプレーが後半にガラッと変わり、「静学スタイル」を出して勝利を手にすることができたのは、「選手たちに整理する力があった」ことだと前編でお伝えしました。
後編では、以前の静学との違いや、監督・コーチたちが普段からどのようにアプローチしているのかをお送ります。
(取材・文:元川悦子 写真:森田将義)
<<前編:サッカーで頭を切り替えるのに必要なスキルとは。選手権優勝の静岡学園に学ぶ、必要な情報を選び取る力
■サッカーだけやっていればいい時代ではない
第98回高校サッカー選手権を単独制覇した静岡学園が、高度な自己判断力と課題解決力を持った集団だったことは、前編で説明しました。
井田勝通前監督(現総合監督)が指揮していた頃から自由な発想力を大事にしていた静学のファンは全国にも多かったのですが、そこまで規律や自立心のある集団というイメージはありませんでした。川口監督就任後に入学者の学力レベルが上がり、自覚を持った選手が増えたからこそ、それだけのチームができたのでしょう。
「僕らが高校生だった90年代は『サッカーだけをやっていればいい』という考え方で、朝練を5時半からやっていたこともあって授業中は寝ていたり、教科書を忘れたりするような状況でした(苦笑)。学校の教員ではなくプロコーチという立場の井田さんは『自由にやれ』とつねに言ってくれて、僕らもそれが一番だと思っていましたけど、やっぱり今、振り返ってみるともっと勉強しておけばよかったという後悔があります。
そんな苦い経験があるから、僕が監督になってからは『サッカーも勉強も今、やるしかないぞ』と口を酸っぱくして言うようになりました。僕が初めて3年間通して指導したのが2011年春に卒業した大島僚太(川崎フロンターレ)の学年だったんですが、キャプテンの金大貴(キン・テギ)という選手は人間的に自立していて、勉強もサッカーも一生懸命で、卒業後は京都産業大学に進んだんです。彼の姿を間近で見て『ピッチ内外で高い意識を持っているな』と感心したし、そうあるべきだと痛感しました。学校側も文武両道を推し進めていったので、そういう選手が着実に増えていきましたね」
■先の目標が明確になれば「今やるべきこと」が整理される
その後、部員数が急激に増え、生徒の質も変化する中、川口監督は「自由にやる」という静学らしさを大事にしながら、5~10年後先を考えてビジョンを持たせるように仕向けていきました。先々の目標が明確になれば、今やるべきことがハッキリしてくる。そういったアプローチの効果もあって、選手個々の目的意識はより高くなっていったのです。
「260人もの部員がいて、練習も16時半~18時半と18時半~21時頃までの2部制ですから、それなりの覚悟がなければサッカーと勉強とやり抜くことはできません。今は多くの選手が越境入学ですから、私生活の面でも自己管理をしなければいけない。その全てに対して全力で手を抜かずに取り組むことで『やるべきことを整理する力』がついてきていると感じます。近年はそういう選手がすごく多い。そこは目を見張るものがあります」
象徴的な存在を挙げるとすれば、選手権決勝で後半から出場して流れを変えた草柳佑介選手でしょう。入学時からトップクラスの成績だった彼に、「3年間一番を取り続けて、文武両道を貫け」と川口監督はハッパをかけたそうです。それに呼応するかのように、彼は空き時間があると熱心に勉強に励んでいたのだと教えてくれました。
3年時の野洲遠征では、翌日に試合を控えた深夜、ロビーで勉強している姿を見かけて「明日試合だからもう寝た方がいいよ」と川口監督が声をかけると、本人は「大丈夫です」と毅然と答えました。そして実際の試合でも好パフォーマンスを見せたといいます。
「草柳を筆頭に、選手権優勝チームの選手はみんな賢く、意思が強かったですね。『260人も部員がいる静学で競争に勝ってレギュラーをつかみ、選手権で活躍するんだ』という強い覚悟を持ってウチに来てますから簡単にはめげないんです。
もちろんサッカーに関しても貪欲だった。谷田のグランドがフルコート1面と小コート1面しかないので自主練も思うようにできないんですけど、練習の邪魔にならないようにピッチの外側でボールコントロールの練習をしたりする選手は少なくなかった。『場所がないからこそ、工夫してうまくなるんだ』という情熱が感じられました。そのあたりの意識は、部員数が少なくて十分に自主練のできる環境にあった僕らの時代より明らかに上だと感じます。彼らの頑張りには頭が下がる思いですね」
■ビハインドを背負ったときに発揮された「問題解決能力」をどう身に付けたのか
このように日々の生活の中から自己管理力や自主性を磨き、「今、何をすべきか」を瞬時に判断できる習慣を身に着けてきたから、彼らは選手権という大舞台でも動じることなく戦えました。決勝の青森山田戦は大会に入って初めてビハインドを背負いましたが、困難に直面した時こそ問題解決力が遺憾なく発揮されました。やはり日常の積み重ねが何よりも大事なのでしょう。
「選手権を通して大きく伸びた浅倉廉が『失点した後、前半で追いついたときにたぶんイケると思いました』と語っていたのを見て、本当に頼もしいなと感じました。彼らが『失敗してもいいから自分たちのサッカーを出そう』と割り切ったのも大きかった。もともと学園は『チャレンジしないでのミスはダメだけど、チャレンジして失敗するのは問題ない』という考え方でやらせていますから開き直ってプレーすることの重要性も思い出したのかもしれません。
やはりユース年代はミスを恐れず積極的にぶつかっていく姿勢が何よりも大切です。挫折もあるかもしれませんが、前へ前へと突き進むことで未来が開けてくる。そういうチャレンジは必ず人間力の向上につながると僕は考えます。今後も学園はそういう方針で指導していきますし、いつかはUEFAチャンピオンズリーグの大舞台に立つ選手を出すことを目標に頑張っていきます」
こう語気を強める川口監督にとって、選手権優勝はあくまで通過点だといいます。より高度な自立心や問題解決力を持った選手を育て上げていくつもりです。すでに静学は100人近いプロサッカー選手を輩出していますが、その勢いを加速させるだけでなく、大学を経て社会人として成功を収める人材も数多く出てくれば理想的。
静学のさらなる飛躍に期待を寄せたいものです。
<<前編:サッカーで頭を切り替えるのに必要なスキルとは。選手権優勝の静岡学園に学ぶ、必要な情報を選び取る力
川口修(かわぐち・おさむ)
1973年6月生まれ、沼津市出身。92年春に静岡学園を卒業後、プロを目指しレブラジルに渡る。95年4月から藤枝明誠高校でコーチになり、96年12月に母校・静学のコーチに。2009年から監督となり、2020年正月の第98回高校選手権で全国制覇。