サンフレッチェ広島の初優勝という形でJリーグは閉幕しましたが、『サッカーは冬のスポーツ』という人が多いように、12月は魅力的な試合がたくさんあります。その一つが冬の風物詩ともいえる「天皇杯全日本サッカー選手権大会」。プロ、アマ問わず日本一を争うこの大会の見所をサンフレッチェ広島などで活躍した元日本代表DFの柳本啓成さんにお聞きしました。
柳本さんは引退後の2008年4月に奈良市でフットサル施設「YANAGI FIELD」を開業。サッカースクールの運営とともに、「YF NARATESORO」の代表として、ジュニア年代、ジュニアユース年代の指導を行っています。自身のプレイヤー経験、指導経験から振り返る天皇杯の見所にはサカイクを読むジュニア年代の親御さんたち、子どもたちに役立つヒントがたくさんあります。
今回から3回に分けていくつかのポイントに整理して、柳本さんの見所を紹介していきます。まず、最初は“トーナメント”に挑む心についてです。今週末15日に行われる4回戦(ベスト16)の観戦の参考にしてみてはいかがでしょうか?
■トーナメントならではの“実力差のある戦い”に注目!
天皇杯の醍醐味の一つが、各都道府県を勝ち抜いたアマチュアチームの存在です。今大会でもすでに負けてしまいましたが、筑波大学や熊本大津高校が参加したように大会を勝ち抜けば、普段、ぶつかることのないJ1、J2のチームとの試合が実現します。まず一つ目のポイントはそういった“プロが挑む天皇杯の難しさ”。柳本さんはこう話します。
「トーナメントの一発勝負の一番のおもしろい部分はカテゴリーが下のチームが上のチームに勝ったりするところ。天皇杯はプロの監督も言いますが、一番難しい大会なんです。例えば学生とか県予選を勝ち抜いたチームだと、勝ってやろうという気持ちでくるし、普段出来ないような素晴らしいグラウンドにたくさんの観客がいてという良い環境がある。逆にプロには“勝って当たり前”、“負けたらまずい”というプレッシャーがあって、それが原因で動きが堅くなってしまう事がよくあります」。
そういった堅さは試合展開にも忠実に表れるそうで、「普段のリーグ戦で当たるチーム同士の試合はいつも通りの試合になると思うんですが、格が違う試合はおもしろいかなと思います。トーナメントの場合は、ゲームもなかなか作れずに終わってしまったってこともいっぱいある。前半はJリーグのチームが攻めるけど、それを下のチームが耐えると、段々と“これは行けるぞ”と自信を持って、勢いに乗る試合も多いし、本当に難しいんですよ。ましてや、初めてやるチームというのもいっぱいあって、どういう戦い方をするかも分からない。トーナメントだと弱いチームは守りきって、ドローというケースを狙っている場合もあるから、90分の中で決着しないこともあるのではないでしょうか?」
格上のチーム相手に格下のチームがどう戦うのか?前後半で試合展開がどう変わるのか?天皇杯ならではのこういったポイントを親子で意見し合いながら見てはいかがでしょうか?
■トーナメントの難しさはジュニア年代でも一緒。
トーナメントの試合というのは全日本少年サッカー大会を初め、数多くあります。柳本さんはトーナメントのプレッシャーは子どもたちも一緒だと話します。
「ジュニア年代でもトーナメントでは強いチームが格下に負けることがあります。そんな時に、『なんで弱いチームに負けるの?』という風な言い方をして責めてほしくないんです。もちろん、子どもたちも全国へ出たいって頑張りたいって気持ちはありますが、トーナメントの難しさは彼らにもあるんですよ。そこで親御さんがサポートしてあげられるような、余裕を持って送り出してあげれるような環境を作ってあげてもらえると嬉しいです。
僕たちは『練習でやったことしか試合に出ないから、いつも通りにやれ』ということしか言いません。子どもたちは当然、「勝ちたい」ので、気持ちの強い子ほどそれがプレッシャーになってしまうこともあるんです。だから、そこでリラックスして挑ませてあげるっていうことが家族、コーチの役目ですよね」。
天皇杯でのジャイアントキリングがなぜ起きるのか?という先ほどのような心理状態を学ぶことは親子にとって大事なことでもあるのです。
■“負けることもある”ということを教える
天皇杯のような実力差のある戦いの中で、学ぶことは他にもあります。柳本さんがもっとも重要視するのは心の面です。
「少年で完璧なプレイヤーなんていませんから、気持ちの面を教えてあげることって大事なんですよ。そこを一個一個ステップアップするために毎日、トレーニングしている。そういった日々の成果を発揮できる場が試合であるから、結果に夢中になり過ぎると、中学、高校といった先を見据えてのサッカーが出来なくなる。そのバランスは難しいですよね。子どもたちも物凄く一生懸命ですし、僕たちも子どもたちに勝たせてあげたいですし。6年生になったら全日本少年サッカー大会という最後の大会があります。勝たせてあげたいし、もちろん勝たないといけないですけど、天皇杯を通じて、“格上でもこうやって負けることもあるんだよ”という事を教えてあげることも大事かもしれません。
僕自身3回、天皇杯の決勝まで行きましたけど、3回共負けました。そりゃ、もう悔しいですよ。そこまで行ったらもう一回、勝ちたいですよ。でも、悔しい思いをしたから、もう一度頑張ろうとも思えました。そういうのも含めて一発勝負の難しさだと思うし、楽しさでもあると思います」
今回は天皇杯、トーナメントならではの難しさから、ジュニア年代で必要な心を教えて頂きました。次回は“技術面での見て欲しい”ポイントを紹介します。
柳本啓成//
やなぎもと・ひろしげ
1972年10月・大阪府出身。1991年、奈良育英高校からサンフレッチェ広島の前身であるマツダSCに入団。翌年1992年、サンフレッチェ広島設立とともにプロ契約。創設期の広島では若手選手No.1の人気を博し、全国的にアイドル的な存在だった。Jリーグ開幕時から右サイドバックのレギュラーとして定着した。1995年、日本代表に初選出され1997年までの3年間で30試合の国際Aマッチ出場を果たす。その後1999年にガンバ大阪、2003年にはセレッソ大阪に移籍し、2006年に引退した。2008年4月、株式会社DF3を設立し、奈良県でフットサル施設「YANAGI FIELD」を開業。奈良からJリーグをめざす奈良クラブのオフィシャルパートナーを務める。 現在、ジュニアチームYF奈良テソロをGMとして率いている。
1
取材・文・写真/森田将義