6月15日、日曜日。朝10時から始まるコートジボワール戦と、少年から社会人に至るまで多くのアマチュアの公式戦がバッティングしてしまっています。前編ではこの6月15日を巡る問題について簡単にまとめてみました。この後編では、もう少し突っ込んでみましょう。そもそもどうして、この時間に試合が組まれることになったのでしょうか。
(取材・文/川端暁彦 写真/田川秀之・サカイク編集部)
■「子どもたちにワールドカップを見てほしい」その想いだけ
「それが“普通”になっている、ということなんだと思います」と久保田さんは言います。つまり、日本代表の(あるいは他チーム、他カテゴリーのサッカーの)試合日程に合わせて試合を組むという考え方自体が“異常”だということかもしれません。実際、この提案に反発する声の中で多いのは「そこまで配慮していられない」という類のものだったそうです。
「たしかに直前になって日程を動かすということが難しいのは分かります」と語るのは、サッカーコンサルタントの幸野健一氏。「僕はW杯の日程が決まった時点で、日本サッカー協会から『できるだけここは外して日程を組んでくださいね』という通達を出すようにするべきなんじゃないかと思うんですよ」。半年前の時点で見えていれば、もっとやりようはあったはず。そういうことです。
少年サッカーでも社会人でも、大会運営に携わる人の大半はボランティア。その中で苦労して試合日程を組んでいる立場からすれば、「せっかく苦労して日程を組んでグラウンドも押さえたのに、今さら日本代表の試合があるとか言われても困る」というのが率直な実感なのは理解できます。そういう立場の人を闇雲に攻撃すれば、この問題が前進するかと言えば、そうではないように思います。
ただ、その前提を踏まえた上で、私はやはり、子どもたちにこの試合を観てほしいし、観せるための努力はあるべきだと思っています。そして大人のサッカー関係者も、やはりこの試合は観てほしいのです。
日本の子どもたちも、大人たちも、およそ「サッカー関係者」と言われる人たちの、サッカーの「視聴率」(スタジアム観戦を含めて)は非常に低いように思います。Jリーグのスタジアムでも圧倒的なマジョリティーはボールを蹴らない人たちでしょう。子どもたちも、また然り。彼らはサッカーを「観る」楽しさを知る機会に乏しいのが現実です。
幸野さんは言います。「ヨーロッパが何でもいいなんて言う気は毛頭ないですけれど、家庭でサッカーを一緒に観るという習慣が、あちらのほうがより確立されているのは間違いないですよね。お父さんが息子と一緒にサッカーを観ながら、あのプレーはどうだった、この選手はどうだと話しながら“サッカー観”を養っていく。それが当たり前になっています。日本でもJリーグができて20年が経過し、そうした文化の芽みたいなものは育っていると思うんですが、サッカーを“観る”ことの価値までは理解されていないのはないでしょうか」。
その話を聞いて思い出したのが、U-16日本代表を指揮する吉武博文監督の言葉です。「日本の子どもたちはサッカーについての“大局観”がない。ゲームの流れの中で判断する、相手チームを“観る”といったことができない選手が多すぎる」。熱心に練習を重ねて、多彩なテクニックを身に付けていくことは、もちろん大切なことです。ただその一方で、そのテクニックをゲームの流れの中で有効活用することができないと、本当の意味で“戦える”選手にはなれません。そしてそれは、必ずしもコーチが教えるものではないですし、また試合をこなすだけで身に付くものでもないように思うのです。
写真左・サッカーコンサルタントの幸野健一氏。写真右・スエルテ・ジュニオルス横浜の久保田大介代表
■リアルタイム観戦の価値
「指導者がどんなに練習させても教えられないものを得られるのが、ゲームを“観る”ということではあるんです」。久保田さんはそう語った上で、「そしてこれは、ライブだから得られるものだとも思っています。ゴールが決まって隣の家からも歓声があがる。家族みんなで一斉に日本の勝利を喜び、ピンチに慌てて、負けたら悲しむ。そういう喜怒哀楽を共有することの中で焼き付いた記憶というのは、本当に宝物になりますよ」と熱弁を振るいます。
日本代表選手に話を聞いていても、幼少時に「観た」サッカーの記憶が、彼らの強烈なモチベーションに転化したという話がよく出てきます。どんなに優秀な指導者でも与えられないような目的意識を得ることができて、サッカーをより好きになることで将来のサポーターをも養成することになるであろう「観戦」の機会は、やはり確保してあげたいなと思うわけです。
もちろん、「あらゆる犠牲を払ってでもこのタイミングでの試合を排除せよ!」などという暴論を押し付ける気はありません。スケジュールの都合を付けること、グラウンドを確保すること、いずれも困難な作業であることは承知しています。それと同時に、既に多くの大会が、この試合に配慮する形でスケジュールを動かしたという事実と、その裏にあったであろう関係者の努力に対して、一人のサッカーファンとして感謝したいと思います。
次にこうした議論が出てくるのは、あるいは2年後のリオ五輪かもしれません。その時は直前ではなく、半年前にこの問題を考えてみるというのはどうでしょうか。日本に住むサッカーを愛するみんなが、一つのチームに声援を送る。そういう機会を作るために知恵を出し合う姿勢を持つことは、きっと日本のサッカー文化を豊かにし、優秀なプレーヤーを増やし、サポーターを増やすことにつながっていくのではないかと思っています。
●幸野健一(こうのけんいち)
1961年9月25日生まれ。中大杉並高校、中央大学卒。10歳よりサッカーを始め、17歳のときにイングランドにサッカー留学。以後、東京都リーグなどで40年以上にわたり年間50試合、通算2,000試合以上プレーし続けている。息子の志有人はFC東京所属。育成を中心にサッカーに関わる課題解決をはかるサッカー・コンサルタントとしての活動をしながら、2014年4月より千葉県市川市にてアーセナルサッカースクール市川を設立、代表に就任。
●川端暁彦(かわばたあきひこ)
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から本格的にフリーライターとして育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に「Jの新人」(東邦出版)がある。
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取材・文/川端暁彦 写真/田川秀之・サカイク編集部