前回、大阪教育大教育学部の赤松喜久教授に運動能力の低下による問題点と、問題解決に向けた親の心構えについてお聞きしましたが、二回目の今回は子どもたちが運動を楽しめるためにはどうすれば良いのか?ということと、サッカーのような集団スポーツの効果についてお聞きしています。
■形にはこだわらず、子どもたちが楽しめるやり方を考える。
運動能力の低下が問題視されてから、学校教育の場でも考え方が変化してきています。赤松教授によると、昔は、“この運動はこういうルールでやる”という前提の下、出来るようになるように段階を踏んで子どもたちに練習させていくという発想でしたが、“今はこの運動を子どもたちに楽しんでもらうためにはどうすれば良いか、そのためにどういったルールにしようという発想になっています。
楽しむためにはどうすればいいのか?赤松教授は、
「運動を子どもに押し付ける、合わせるのではではなく、今は指導者が子どもに運動を合わせる発想がないといけない。そうしないと運動が子どものモノにならないと思います」
ラグビーでは子どもや女性でも出来るようにタグラグビーを導入したり、アメリカンフットボールの場合はフラッグフットボールが行われているように、指導者や周囲の大人には対象に合わせた発想の転換と子どもの力の高まりに応じて、内容や練習を変える柔軟性が必要です。サッカーは本来11人のスポーツながらも、ジュニア年代では8人制が行われているように、柔軟性が高いスポーツですが、練習の段階からもっと多様なアプローチが必要かもしれません。
発想の転換や柔軟性とともに必要なのは子どもたちの気持ちを尊重してあげることです。10年ほど前に日本体育教育協会がスポーツ少年団に所属する小学生に行った調査によると、“なぜ、そのスポーツを選んだのか?”との問いについて、 “何か仲間と一緒に出来るスポーツがしたかった”、“運動をしたかった”という答えが大半を占めていました。
現在はサッカー人気が高まり、明確に“サッカーがやりたい”という意思をもった子どもも多くいますが、心の奥底には10年前と同じ気持ちもあるのではないでしょうか?
「僕は今、陸上クラブをやっていますが、別に将来的にずっと陸上じゃなくても良いと思っています。陸上競技の場合は基礎的な体が出来てから、陸上に取り組んでもらっても大丈夫。そして、うちのクラブは記録を伸ばすことを一番にしているので、自分の楽しみを大阪の一番になりたい、日本で一番になりたいというようになったら、それに応じた別の場所、クラブを用意してあげたいなと思っています。
最初から“大阪で一番になりたい”といった指導者の価値観を押し付けても、子どもたちは楽しめない。楽しいを積み重ねることで“大阪で一番になりたい”と自然に願いを高めてあげることが大事だと思います」
■大人の価値観を押し付けず、子どもの“やりたい”を引き出す
ここまで運動能力についての重要性や意義について紹介していましたが、サッカーのような集団競技ならではのメリットについて赤松教授は、
「体育の中で行われるスポーツのほとんどは遊びなんです。『授業中に遊ばせるんですか?遊ばせることは教育ですか?』などと
僕も批判を受けるんですが、教育とは知識を増やし、実社会で生きる力を身につけるだけでなく、人間の発達を促す意味もあります。
アメリカの心理学者パーテンがまとめた遊びの発達の様相という研究があります。人間の遊びはまず一人遊びから始まります。赤ちゃんが声を発しながら遊ぶ様子です。次に平行遊びという協力は出来ないけど、同じ空間でそれぞれが遊べるように成長します。
そして、サッカーのように協力して遊ぶ連合遊びが出来るようになります。パーテンは小学校の低学年くらいまでは協力して遊ぶ力は比較的に身につきやすいと定義しています」
他者との関わりを授業で知的に教わっても、どの程度子どものためになるかは分かりませんが、スポーツを通すことで、“協力して相手チームと競争するんだ”という意識が自然と身につきます。
■スポーツを通じて、出来る大人のための一歩に
スポーツを通じた人間としての成長は幼少期から役立つだけでなく、大人になる10数年後のためにも必要な要素と赤松教授は言います。
「皆で群れて遊ぶ経験が乏しいと、人との接し方が分からない人間になる心配があります。そのまま社会に出ると大変ですし、年をとればとるほど身につけるのも難しいです。大人になって、職場など実社会で失敗すれば屈辱的な経験になりますが、スポーツはあくまでも遊びであり、非現実的な世界。スポーツで失敗しても問題はありません。遊びの中で失敗しながら、人として成長していく・発達していくことが大事。頭ごなしに怒ったりするのではなく、失敗や負けを周囲の大人がどう認めるかが重要です。
当たり前の事ですが、小さい子どもは我がまま気ままで自分しかありませんが、哲学者や社会学の先生によると、絶対的な自分“I”の周りに、こうすべきだよと語りかけてくれる“me”がある。Iとmeがバランスよく形成されるが自我の発達なのです。絶対的な自分も大切ですが、それだけでは社会で通用しない。周りに来る他者との関係性というのは遊びを通じて学ぶものなのだと思います」
「人間の発達として、これほど実社会で生きた力になる教育は無いんじゃないかと思います。ただ単に健康や体力を育てるだけじゃない要素がスポーツにはあるのです」
という赤松教授の言葉は、サカイクの読者である皆さんも感じているのではないでしょうか?
赤松喜久先生 プロフィール
大阪教育大学教育学部保健体育講座教授。専門分野は、体育・スポーツ経営学、身体教育学。
未来の教師を育てる傍ら、大阪教育大スポーツクラブ(陸上部)の監督として、子どもたちの指導を行っている。
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取材・文/森田将義 写真/新井賢一(ダノンネーションズカップ2013より)