サッカーを観て学ぶ
ゲーム分析のプロから見たハリルホジッチ前監督と西野監督の違いとは?/2018ロシアW杯特別企画(1)
公開:2018年6月 7日 更新:2020年3月24日
ハリルホジッチ監督の解任から西野朗監督の就任と、開幕直前に大きな動きのあった日本代表だが、国内最後の親善試合ガーナ戦を終え、いよいよロシアW杯本番が迫ってきた。日本代表は果たしてどんなサッカーを見せてくれるのか?
監督交代による変化は? 西野監督とハリルホジッチ前監督のコンセプトの違いは? 気になるポイントはたくさんあるが、COACH UNITEDでは、オランダ・アヤックス/オランダ代表のユースカテゴリでアナリストを務めた白井裕之氏に「自チームに活かせる指導者目線の分析、スカウティング」をお願いした。
W杯期間中にお届けするのは、対戦する各国のスカウティングになるが、連載の1回目は、今回のW杯における"自チーム"に相当する日本代表の分析だ。対戦相手を分析する上でのベースとなる日本代表は一体どんなチームなのか? ガーナ戦を分析した白井氏に語ってもらった。(取材・文:大塚一樹、写真:新井賢一)
※この記事はCOACH UNITEDからの転載です。
■ハリルホジッチ前監督と西野監督の違いとは?
先月末、5月30日に西野朗監督就任後の初試合となるガーナ戦を終え、翌日にはロシアW杯を戦う23人の日本代表選手が発表されました。西野監督はどんなコンセプトでW杯に臨むのか? どんな戦い方を想定しているのか? 分析材料がガーナ戦とメンバー選出しかないので、難しい面はありますが、この二つの材料から見えてくる西野監督率いる日本代表の分析をしてみたいと思います。
30日に行われたガーナ戦に関してはさまざまな評価が飛び交っています。0-2という結果をどうとらえるのか? 3バックはどうだったのか? 西野采配は? みなさんもさまざまな感想をお持ちになったと思います。
いろいろな人が思い入れを持っている日本代表ですから、「意見」はたくさんあるでしょう。しかし、ゲームの分析においては、「意見」よりフィールド上での「事実」が優先されます。日本代表に関しては、私も100%冷静に見られるわけではありませんが、ゲーム分析のプロとして努めて冷静に、ピッチで起こった事実に基づいた分析をお届けしようと思います。
スカウティングをはじめるに当たっては、そのチームがどんな戦略を持って試合に臨んだかが重要です。戦略とは、相手チームを考慮しない、自分たちの理想的な戦い方のことです。ゲームメイク戦略を用いるのか、カウンター戦略で行くのか、その二大戦略の中でもポジショナルプレーを採用するのかダイレクトプレーを選択するのか? どんなプレーで相手より多くのゴールをあげるのかがゲームを分析する上での大きな指針になります。
私は日本代表のスタッフではないので、何がどう設定されているのか正確なところはわからず予測になりますが、プレーぶりを見る限りハリルホジッチ前監督も、西野監督もこの大きな戦略に大差はありません。どちらの監督も、ゲームメイク戦略、ポジショナルプレーを採用していました。
2人の監督による違いが出るのは、その下の戦術の部分でしょう。相手チームを考慮しない戦略に対して、戦術は相手チームの戦い方を踏まえ、自チームの戦い方をアジャストする物です。ハリルホジッチ氏は、対戦相手の戦い方を分析した上で、相対的に戦術を決めていました。一方西野監督は、相手のやり方よりもチームとしての戦略を重視し、それが実現できる選手起用、当初のゲームプランを貫きたいタイプと言えるでしょう。
■チームオーガニゼーションの噛み合わせよりもテストを優先した?
ガーナ戦のポイントの一つになったのが、1-3-4-3のチームオーガニゼーションです。チームオーガニゼーションは、選手の並びを表すだけでなく、相手チームとの噛み合わせを見る上でとても重要な要素と言えます。ガーナのチームオーガニゼーションは1-4-3-3ですから、日本の3人のDFは、ガーナのFW3人と数的同数になる局面が多発することが予想されます。
本来ならば試合開始直後に修正しなければいけない点だと思いますが、試合後に「ガーナのシステムや個々の力を消すことを考えれば、3バックではなかったかもしれない」と西野監督自身が語っていることからも、「3バックのテストをしたい」という思惑があったのでしょう。
結果として、日本代表は守備時には1-5-2-3のような形になり、両ウイングバックの背後を突かれる形でピンチを迎えるシーンがありました。
試合が進むとCBの吉田、槙野両選手がサイドのスペースをケアするようになり、守備は安定したように見えましたが、このタイミングがちょうど2点リードを奪ったガーナが攻撃面で無理をしなくなった時間帯と重なるので、守備が改善したかどうかは確かめようがありません。
失点はいずれもセットプレーで、直接崩されてのものではありませんでしたが、FK、PKにつながる直前のプレーは二つともロングパス一本でDFが入れ替わられるというあまり良くない形のプレーでした。
チームオーガニゼーションの齟齬は、攻撃にも悪影響を及ぼしました。ボールを動かしながらゴールに迫るのが日本代表が「やりたいプレー(戦略)」なのですが、この日はビルドアップの精度が低く。意図的にチャンスを生み出すことがほとんどありませんでした。
左サイドの長友選手、右の原口選手にボールが入る場面が多く見られましたが、これは意図的にというより、消去法でパスを選択していった結果、サイドに追い込まれてしまったというのが現実です。
長谷部選手からビルドアップを始めても、相手のスリートップにパスコースを塞がれているため、中盤の山口選手、大島選手にボールを入れることができず、長友選手、原口選手のところで手詰まりになっていたのです。
このように、ゲーム分析の観点から見ると、チームオーガニゼーションの噛み合わせの悪さが、攻守両面に出てしまったということが言えるでしょう。
■"意図的な"プレーが少なかったガーナ戦
スカウティングというと相手チームの分析を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、対戦相手の分析をする際は自チームのスカウティングが不可欠です。相手チームがどんなチームかを分析する際は、「自分たちのチームと対戦するときにどんなチームなのか?」ということを念頭に分析しなければ、本当の意味でのスカウティングにならないからです。
また自チームのスカウティングは、プレーモデルの発展にも貢献します。設定した戦略が実行できたかどうかを評価するために、攻撃・守備・攻守の切り替えごとに目的と原則を設定します。原則が実行できたかどうか、またはその原則は有効だったのか? を測定することでプレーを評価、改善していくのです。原則が曖昧だと、そのプレーの良し悪しが"結果のみ"に委ねられます。
現代サッカーでは、自分たちの戦略に基づきつつ、相手との相対的な関係性を考慮した上で、できるだけ"意図的"に効果的なプレーを発動させる、その頻度を上げることが求められているのです。
原則の説明になってしまいましたが、その戦いぶりや人選から見ても、西野監督はどちらかというとハリルホジッチ氏よりも前回大会で日本代表を率いたザッケローニ氏に近い考え方、「日本らしいサッカー」「自分たちのサッカー」というのを念頭において戦略・戦術を立てるタイプの監督のようです。
ビルドアップのシーンでも、チームオーガニゼーションによる影響が強く出て、「結果としてそうなってしまったプレー」が多かったのも"原則不在"が原因でした。本来ならば、ビルドアップでボールを前に進めるための原則を持ってプレーしなければいけないのですが、急造ということもあったのか日本代表のビルドアップに「意図的にこうやってビルドアップをする」という試みは見られませんでした。
相手がどうしてくるかよりも、自分たちがどうしたいかを優先させている様子は、選手起用からも感じ取れました。大迫選手、本田選手、宇佐美選手、大島選手、原口選手は、いずれも攻撃に特徴を持った選手です。攻撃面では日本を代表する選手たちですが、世界の強豪が集うW杯で、日本代表が攻撃の特徴を活かせるシーンがどれくらいあるのかを考えなければいけません。
■強豪相手にどんなプレーが"再現"できるのか?
ウイングバックとしても実績のある長友選手のクロスに期待しつつ、原口選手に本田選手と絡みながらの攻撃を期待し、宇佐美選手のドリブル突破、大迫選手のポストプレー、大島選手のラストパスにも得点の可能性を期待する。これは一見、チャンスの選択肢をたくさん用意した"攻撃的"な布陣のように見えますが、それぞれのチャンスを発動させる準備が十分ではないため、期待のままで終わってしまうことになりかねません。
たとえば、大島選手の特徴を最大限に活かして、彼を経由したビルドアップを効果的に行いたいなら、チームオーガニゼーションや選手起用から大島選手にボールが入り、前を向いてプレーができるような環境を整えなければいけません。その点、前監督のハリルホジッチ氏は、相手チームの戦い方に合わせて、チャンスになるであろう攻撃のラインを確立し、そのラインが機能するようにサポート役の選手を起用したり、"再現性を高める"ような指示を徹底したりするような準備をしていたように見えました。
ガーナ戦を見る限り、急遽チームをまとめなければいけなくなった西野監督の準備不足な面は否めません。ここからは少し、「事実」に基づいた「意見」も入り交じっての話になりますが、自分たちのやりたいサッカー、選手たちのストロングポイントを前提にした"オールジャパン"で挑んでしまうと、コロンビア、セネガル、ポーランドに相対したときに、どんなプレーができるのかという点については疑問が残ります。
いずれのチームもチャンピオンズリーグに出場するようなクラスのFWを擁し、今回対戦したガーナとは比べものにならない攻撃力を持っています。ゲームの主導権を握れない時間帯が多くなる中、求められるのは相手のウイークポイントをできるだけ多く発生させ、その状況を自分たちのストロングポイントの発動につなげるサッカーになるはずです。
日本代表の原則が定まっていないこともあり、自チームのスカウティングとしては不十分な点もあるが、相手チームのスカウティングをするためには、自チームの把握が欠かせない。次回はスイス、パラグアイとのテストマッチを経た日本代表の変化も踏まえた上で、初戦の相手となるコロンビアのスカウティングをお届けする。
【7月2日まで】白井氏のゲーム分析方法を詳しく知りたい方はこちら>>
白井 裕之/
オランダの名門アヤックスで育成アカデミーのユース年代専属アナリストとしてゲーム分析やスカウティングなどを担当した後、現在はアヤックス内の別部門、「ワールドコーチング」のスタッフとして海外のクラブや選手のスカウティング、コンサルティングを担当。また、オランダナショナルチームU-13、U-14、U-15の専属アナリストも務めている。
日本国内においては自身がまとめたゲーム分析メソッド「The Soccer Analytics」を用いたチームコンサルティングや、指導者向けセミナーなどを全国各地で行っている。