彼女のまわりはいつも笑いが絶えない。
「そうそう、お姉ちゃんを見て。こうやってドリブルしてみて」
わざとおどけて見せると、少女たちから「ワー!!」と笑い声が起こった。中心にいるのは、なでしこジャパンの大野忍選手。人なつっこい笑顔で少女たちともすぐに打ちとけ、アドバイスをする。日本代表でも今回のクリニックでも、どこへいってもムードメーカー的な存在です。
6月7日に開催されたアーセナルスクール市川での女子選手のクリニックは、雨天にも関わらず大盛況に終わりました。少女たちが得た経験は計り知れません。前回の近賀ゆかり選手に続き、今回は大野選手のインタビューをお送りします。現在所属しているアーセナルレディースでも活躍がめざましい彼女が、少女時代のエピソードをあますところなく話してくれました。
(取材・文/上野 直彦 写真/サカイク編集部)
■海外との差はフィジカル。そこから逃げないで強くしていく
――海外挑戦は、昨年のフランス・リヨンが初めて。今回のアーセナルは2度目のチャレンジとなりますが、海外と日本とはどんな違いがありますか。
たくさんありますけど、ひとつ挙げるとしたらフィジカルの差です。海外のフィジカルコンタクトについては、日本にいたら体験できない。球際のところだったり、競り合いのところだったり、そういうところは海外、まあイギリスだけではないですが、独特だと思います。
――アジリティでかわしたり、裏を取ったりするのが得意じゃないですか。そのあたりで通用した部分、しなかった部分はありますか。
もちろん、通用する部分もあります。でも、フィジカルのところで勝てないというのは分かっているので、そこで勝負しようとは思わなかったです。外国の選手が苦手としている、アジリティでかわしていくしかない。でも、もっと世界と戦うためにはフィジカルから逃げてはいけないと思っています。そこは自分が強化できる、必要なものだと思っています。いまは練習でもすごく楽しく、実感しながらやっていますね
■子供のころに“スーパースター”のプレーを「見る」ことが大事
――子供のころの練習にですが、例えば小学生時代はどういう部分に注意して練習してきましたか。
わたしたちが小さいころは、とくに注意して練習してなかったと思います。なぜかというと、いまの子どもたちはレベルが高い。いまの子どもたちの方が難しいことをやってるんじゃないかと。サッカーがすごく有名なスポーツになって、スーパースターがいっぱいる。いまは子どもでも、いろんなプレーが見られるわけじゃないですか
――国内だけでなく海外リーグも、今は子供のころに見れますよね。
そうなんです。「ああいうプレーをするためにどうしたらか?」いう練習が、いまだったらできるんですよ。自分たちの時は、サッカーが楽しいから練習をやっているという感じでした。近ちゃん(近賀)が言っていたように、確かに基礎練習も多かった。そういう練習もしてましたけど、どちらかというと、お兄ちゃんと一緒にサッカーしてた方がためになったのではないかと、いまは思いますね」
――年上の、しかも男子といっしょにプレーしたことも大きかったのですね。サッカーを始めるきっかけは、やはりお兄さんですか。
はい。四つ上の兄がサッカーをやっていて。ちゃんとチームに入ったのは小学校4年生の時でしたね。でも、それまではお兄ちゃんとサッカーをやることが多かったです。近ちゃんと同じで毎日ゲーム形式でした。小学生のころは、練習というよりも楽しかったイメージしかありませんね。
――4年生のときに入ったのが横須賀シーガルズですよね。女子だけのチームでしたが、そこでサッカーをやることのメリットやデメリットはどのように感じていましたか。
デメリットは、やはり当たりの弱さだったりじゃないですか。ボールを怖がっちゃうんです。あと、お互いどっちのボールか分からないで譲り合っちゃうとか。だけど、逆にメリットとしては、頑張るというか諦めないのは女の子かなと思います。あと、女子のほうが痛みにも強いかな。
――痛みやけがに強いのは男子よりも女子。それは面白いですね(笑)
男の子はすぐ泣くけど、女の子は意外とぐっとこらえる(笑) サッカースクールでコーチしている時も、女子と男子がいたら、女の子の方が強かったりします
――逆に、お兄さんとサッカーしていて、女子チームだけでやると物足りないなと感じたことはありましたか。
ボールの譲り合いの場面などではすごくありました。女の子の場合、逃げちゃうんです。ちょっと高いボールが来たら、避けてしまうような。
――そういう時、指導者はなんて言うのですか。
笑ってましたね(笑)。「よけるなー!」みたいな。
■試合でも練習でも自分のやりたいプレーをやってほしい
――小学生のうちにやっておいたほうがいい練習はありますか?
自分のやりたいことをやってほしいです。なにか失敗が怖くてとか、失敗するのが嫌だとか、それでは多分うまくならない。いまの自分もそうです。やりたいプレーをやるように心がけています。
――失敗を恐れずにやると。それが子どもでも大事だと。
よくストライカーには扱いにくい選手が多いと言われるんですけど(笑) わがままじゃないですけど、自分のしたいプレーをやってほしいんです。それが次につながっていくのではないかと思っています。その気持ちが、小学生年代からあったら、結構いい選手になるかなと思います
――今までで指導者やコーチから言われて、印象に残っているエピソードや言葉などありますか。
それこそ「自分のやりたいようにやれ」と言われたことです。日テレ・ベレーザ時代の松田岳夫さん(現・ASエルフェン埼玉監督)からです。
――それは、どのタイミングでの声がけだったんですか。
2008年の北京オリンピックの前です。その頃、別に緊張していたとわけではなかったんのですが、あまり思うようなプレーができていませんでした。その時、「お前はいろいろ考え過ぎだ。自分のプレーをやればいいよ」って言われて、ふっきれたんです。
■いまも心に残る、親が見せてくれた「言葉」よりも「行動」とは
――あと、女子がサッカーをするにあたって親との関係で、印象に残っているエピソードはありますか。
言葉もいっぱいあるんですけど、どんな試合でも、どんな練習でも、必ず一緒に見にきてくれたんです。その行動が、自分の中では十分助かっていたし、支えになっていました。
――横須賀での練習は、当時のお家(座間市)からかなりありますよね。毎日の練習を見にきてくれていたのですか。
そうです。毎日、どちらかが車で送りだったり迎えたりしてくれたんです。それを親がずっとやってくれました。そういうことが言葉以上のものだと、自分の中では思っています。
――そういう行動は子供にとっては本当にうれしいですし、いつまでも心に残りますよね。
はい。両方来てくれたこともありました。いつも毎日、何も言わずに。朝早くても、どんなに夜遅くなってもです。子供に大好きなサッカーをやらせるために。それは、今も変わらないんです。試合をいつも見に来てくれてますね。
■“いつも見守ってくれている感”が女の子には大事なこと
――先日、ある指導者を取材して、女子には、いつも君を見ていると感じてもらうことが大事なのだと教えてもらいました。なにか似ていますね。これで、最後の質問になりますが、大野選手がプレーを参考にしている選手はいますか。
私はずっと変わらずメッシです。ちょっと最近いろいろありますが(笑)、批判されることも多くなっていますが、やっぱりボールを触った時になにかをする、結果を出してしまう。私もメッシのように、こいつに預けておけば大丈夫、という選手になりたいと思っています。
インタビュー中も終始、笑いがたえない大野選手。子供たちに大人気なのが、ちょっとわかった感じがしました。
イギリスのリーグでも得点を上げていますが、なでしこリーグ時代にくらべれば、本人もまだまだといった様子。彼女のことなら必ず結果を出してくれるでしょう。「私にボールを預けておけば大丈夫」、そんな選手に成長した姿を、来年のカナダでのワールドカップのピッチでは、きっと見せてくれるはずです。
大野忍(おおのしのぶ)
■所属:アーセナルレディース
■誕生日:1984-01-23
■身長:156 cm
■体重:56 kg
■代表歴
03年~日本女子代表
07年女子W杯中国大会メンバー
08年北京五輪メンバー(ベスト4)
11年女子W杯ドイツ大会メンバー
12年ロンドン五輪メンバー
<<サカイク女子キャンプ開催
スペシャルコーチとして元なでしこジャパン・矢野喬子さん帯同!>>
●日程
2014年8月6日(水)~8日(金)
6日集合時間⇒13:00 8日解散時間⇒12:00予定
●開催・宿泊会場
サンセットブリーズ保田
千葉県安房郡鋸南町大穴1032
※東京駅から貸切バスの運行を予定しています。
●対象
小学校4年生~6年生、中学1年生~3年生
※サッカー経験は問いません。レベルに応じたトレーニングを行います。
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取材・文/上野 直彦 写真/サカイク編集部