インタビュー
「上下関係ではなく、一人の人間として」対話を大事にする流経柏・榎本監督が始めた選手と今まで以上に向き合う新たな取り組み
公開:2021年4月12日 更新:2023年6月30日
2008年の選手権優勝、2度のインターハイ優勝など輝かしい経験を持つ流通経済大学付属柏高校が昨年から、新たなスタートを切りました。
チームの礎を築いた本田裕一郎前監督からバトンを引き継いだ榎本雅大監督は就任と共に流経大柏の伝統を残しながらも、選手と今まで以上に向き合う新たな取り組みを始めています。
今回は取り組みと共に、榎本監督が考える指導者と選手の関係性について話を聞きました。
(取材・文・写真:森田将義)
■プロに行った選手は、このチームで成り上がってやる! という気持ちが強かった
榎本監督は現役時代、習志野高校と国士館大学でDFとしてプレー。大学3年生次には総理大臣杯とインカレの2冠を達成しています。当時のチームメイトにはJリーグやJFLへと進んだ選手が多く、榎本監督は「負けず嫌いで、きつい練習でも心が折れない選手が多かった」と振り返ります。
流経柏にも全国大会での活躍を目指し、各地から中学時代にエースだった選手が集まります。彼らも負けず嫌いばかりですが、スタメンの座を勝ち取れる選手や大学やプロで活躍できる選手は一握りの選手だけ。
榎本監督は「最初は中学までからの変化に戸惑う選手も多い。競争を勝ち上がっていけるかは、信念がどれだけあるかに尽きる。プロに行く選手は、"絶対にこのチームで成り上がってやる!"という気持ちが強かった」と口にします。
中学時代は自然とボールが集まっていた選手であっても、高校では同じようには行きません。ボールを上手く引き出せるようポジショニングを意識しなければいけませんし、定位置を掴むには目に見える結果も必要になります。
試合で活躍するためには自分の特徴を知ってもらう必要もあるため、榎本監督は就任と同時にコミュニケーション能力を身につける取り組みを始めました。
■チームの一員として認められるためには、貢献が必要
その一つが、試合ごとに榎本監督がつける振り返りのチェックシートです。目標として掲げる選手権優勝を果たすために必要な対人プレー、セットプレーといったチームプレーの評価と共に、選手個人も10点満点で評価し、全員に対してのコメントも加えています。
指摘した箇所を良くするために努力して欲しいとの意味と共に、評価が違うと感じたなら自分の意見をぶつけて欲しいと考えているからです。
それでも、自分の意見を言えない選手が多いため、今年に入ってからは話す機会を増やそうと1対1の面談も始めました。6人のスタッフが持ち回りで1日3人ずつ全部員との面談を実施するのですが、与えられた時間は3分間。
選手が話しやすいよう「緊急事態宣言の延長について」などテーマは選手自ら決めて話すのがルールです。
「言葉はフランクで良いんです。尊敬語とか謙譲語でなくて良いから、考えたことを話して欲しい。どんな内容でも失礼だとは思いません。考えたことを話さない方が、人間関係を良くしようとしていないんだから失礼にあたると伝えています。僕が怒っていたことに対して、選手が意見してくれると"そんなことを考えていたんだ"と考え方を改め直すかもしれない」
また、今年は今まで以上にミーティングの回数を増やすつもりです。理由について、榎本監督はこう話します。
「チームや社会の一員になるのは、組織にどう貢献できるかだと思うんです。サッカーでいえば相手選手をマークしたり、危ない場面で身体を張って防ぐことが勝利への貢献になり、チームの一員として認められる。そうした貢献が分かりやすいのがミーティングで、議題に対して何も意見しない選手は貢献していないことになるんです。何もしない選手に手を差し伸べてくれる人はいません」
ミーティングの内容は誰がどんなことを話したか明確にするため、議事録として残します。何も話さない選手に対しては、「テーマに対して自分は何を考えたのか、みんなに伝えなければいけない。"みんなに合わせるよ"といった発言は貢献ではない」と問いかけるそうです。
■上下関係ではなく、一人の人間として向き合いたい
こうした取り組みを始めたきっかけの一つが、海外遠征です。海外の選手はコーチとフランクな関係であることに驚いたと振り返ります。コミュニケーションの量が日本とは比べ物にならないくらい多く、冗談も飛ばし合う関係性が選手の成長に繋がると考えるようになりました。
「僕らがもっと選手に寄っていかなければいけない」と話す榎本監督は、こう続けます。
「指導者と選手ではなく一人の人間として向き合いたい。卒業生を見ていると、自分より立派な人間はたくさんいる。彼らに対して立派なことばかり言っているけど、自分の方が出来ていないなって思うことがたくさんある。人間力の差に年齢差はない。僕らも学ばせて貰っている。大人と子どもが切磋琢磨しながら成長していけるのが、これからの教育の理想かなと思うんです」
今年から立ち上がった下部組織であるクラブ・ドラゴンズ柏U‐12の稲垣雄也監督との関係性も榎本監督らしさを感じます。稲垣監督は榎本監督が流経大柏で指導を始めた初年度の選手ですが、「教え子なのに、そんなこと言うの? と思う時がある」と榎本監督が笑うくらい関係性はフレンドリー。
「上っ面で褒めてくれるだけでなくて、悪いことまで指摘してくれる人とは人間関係が良好になっていくと思うんです。イナも僕の悪い所があれば、ちゃんと指摘してくれるから大事な存在です。『この人、凄くきっちりしているけど、裏ではどうなんだろう?』ではなく、『榎本は表裏がなく、ずっとあのままだよ』と思われる方が、人間関係ができていくと思います」
■不貞腐れるなら、意見して欲しい
選手との関係性も変わりません。
「コーチと選手の関係になると"はい"か"いいえ"しかなくなる。不満な顔を見せる選手もいるけど、不貞腐れているくらいなら『僕はこう思っています!』と言えば良いんです。それに対してうるさいとは思いません」
そうした考え方は挨拶にも反映されています。日本の部活動では選手が誰かとすれ違うと足を止め深々と挨拶をするのが美徳とされています。
「形だけになっている事もあるので、本当にそれで良いのかと疑問に思う。大人の方から、『こんにちは』と声を掛ければ、子どもたちが凄いなと思い、見習うかもしれない」と考える榎本監督は自ら進んで生徒に挨拶をします。
こうした新たな取り組みによって進んで自らの意見を発信できる選手が増え始め、練習の活気が溢れています。また、ピッチ外でも選手主体の取り組みも始まりました。ミーティングの機会を増やそうとしても、コロナ禍で話し合う時間を長くはとれないため、話せる選手は限られてきます。
思ったことを口にできない選手が多いと感じたことから、背番号順で日誌を書き始めたのです。まだ書く内容は大人からすれば物足りないかもしれません。書き忘れる選手もいますが、流経柏の取り組みは選手が成長していくためのステップとして今後の人生に活きてくるはずです。
後編では、今年から立ち上がった下部組織であるクラブ・ドラゴンズ柏U-12の稲垣雄也監督に指導する中で感じる保護者の変化と、育成の理念などを伺いましたのでお楽しみに。