『中学生以降の進路について考える』第2回は、自分に合った環境を選ぶための簡単なポイントをご紹介します。J下部組織、部活動、街クラブそれぞれどんな特徴があって、どんな人に合っているのか、もう少し細かく見ていきましょう。
■"できる選手"が伸びる環境で J下部組織
前回もお話ししたように、J下部組織のジュニアユース、ユースはセレクションを経て合格者だけが生き延びることができる、いわばエリート集団です。自分が望んだからと言って入れるとは限らない、Jリーグのクラブを身近に感じながら比較的良好な環境で練習に専念でき、J下部組織の他にも、長く強豪として地元に根付く名門クラブなど、J下部組織に引けをとらない実績を誇る街クラブもありますが、現時点では年代別の最高峰と言っても差し支えないでしょう。
狭き門を勝ち抜いてこれらのクラブでプレーすることは、おそらく得難い貴重な経験になることでしょう。しかし、勘違いしてはいけないのは最終的な目標はプロサッカー選手になることだということです。もちろんすべての選手がプロ選手を目指す必要はありませんが、J下部組織の育成年代のどのコーチに話を聞いてもアプローチの違いはあったとしても最終的には「自分たちの仕事はどれだけトップに良い選手を送り出せるかです」と口を揃えます。受験勉強ではありませんが、セレクションに合格したことで満足して、自分を見失うケースもないわけではありません。逆に言えば、ここで選ばれなかったからといって、すべての道が閉ざされたように感じるのは大きな間違いです。特に身体面での変化が生じやすい中高年代では、体の成長で大きく進化を遂げる選手も少なくありません。J下部組織ではレベルの高い選手たちに囲まれて、切磋琢磨しながらさらに上を目指せるメリットがありますが、与えられた環境で必要なスキルや実力を身につけることも必要です。
■チームの個性を見て最適なクラブを 街クラブ
J下部組織とは別に地域に根ざした街クラブでプレーするのもプレーの幅を広げられるひとつの選択肢です。街クラブはレベルに応じて、または「ドリブル」などの個人技や「パスサッカー」を中心とする集団プレーなど長年培った特徴的なクラブのカラーを持っています。その中でチームの環境、雰囲気などを丹念に見て、自分にあったクラブを探すことができるという大きなメリットを持っています。
■ひとくくりにはできない中・高部活動
残る選択肢は学校の部活動です。これも一口には言えないほど複雑、多様化が進んでいて、中高一貫で強化している学校もあれば、有名指導者に率いられ古くから強豪校として名を馳せる学校も。公立なのか、私立なのかも問題です。それぞれの家庭にはそれぞれの事情があり、率直に言って進路には金銭的な要因ももちろん大きな割合を占めてきます。以前は"テクニックのユース""体力のブカツ"という構図があり、テクニックはあるけれど、どこかひ弱さを見せるプレーをするユースと、厳しい練習で体力を手に入れて泥臭いプレーをする部活動というイメージが定着していましたが、プリンスリーグなどの定期的な交流戦を通じ、それぞれがそれぞれの良いところを吸収し、その差を指摘する声もだいぶ少なくなりました。
■タイミングと決断 子どもの可能性をつぶさないために
とある街クラブの代表がこんな話をしてくれたことがあります。
「うちはなるべく多くの子どもたちにサッカーを楽しんでもらうことが第一。ある年にうちにはもったいないくらいうまい、Aという選手がいた。Aはうちにいたんじゃ成長できないから、あるJ下部組織のセレクションを受けさせて、そこで技を磨いてもらうことにしたんだ」
サッカーの世界では良い選手がいたら、地域単位で見逃さずピックアップできる制度「トレセン制度:ナショナル トレーニングセンター制度」が発達しています。このため指導者の側にも「優秀な選手は、より良い環境で」という意識が高く、地域のクラブ間(仮に地区予選でライバルになるかもしれなくても)で選手の受け渡し、より良い環境に送り出すということが自然にできる土壌があります。「サッカー界のために人材を育てる」というこの感覚は他の競技にはあまり見られない、個人的にはサッカーの誇るべき育成への考え方だと感じます。
さて、話は戻ってA君です。彼はJ下部組織のジュニアユースに晴れて合格「同い年のトップレベル」を肌で感じる刺激的な練習に身を投じました。
「Aと同じ代にBという選手もいた。Bはその時点ではAほど実力はなかったけど、精神的に強いものを持っていて、負けず嫌い。まじめにコツコツ練習を重ねるタイプだった。結局BはJ下部組織に進むことはなかったけど、ある学校で1年生からレギュラーとして試合に出ていた」
B君に変化が訪れます。中学に入ると身長が急激に伸びてこれまでコツコツ身につけてきた技術が一気に開花、試合経験も多く積み、卒業時点ではいくつかのユースチームから声がかかるほどの選手になったのです。
「AとBはある意味対照的な道を歩んだんだけど、実はAはレベルの高いクラブでなかなか試合に出られずに途中でサッカー辞めちゃったんだよ」
この話は極端な例かもしれませんが、紛れもない事実。子どもの可能性をどう伸ばしてあげるか、その決断の難しさを物語る話ではないでしょうか。
■原点 何のためにサッカーをやるのか
「進路選びに正解はない」ここまでお付き合いしてもらって、「結局それかよ」という声が聞こえてきそうですが、多くの指導者にお話を聞いた経験から、ひとつ「これは進路選択の指針になるな」ということがあります。J下部組織のプロコーチも、街クラブのボランティアコーチも、部活動の顧問の先生も、すべての育成に携わるコーチたちが必ず口にするのは「この先もずっとサッカーを続けてほしい」ということです。結果がすべてのプロの世界、プロサッカー選手を目指したけれど、夢に届かない選手の方が多いに決まっています。どんなレベルでもプレーが上手く行かなくて悩み、サッカーを辞めたくなることがあります。そんなときに子どもたちが自分がサッカーを始めた原点、サッカーの楽しさに立ち戻れる環境を用意してあげるのが、親御さんにできる最大の手助けなのかもしれません。
Jリーガーを多く輩出している、あるコーチの一年で一番の楽しみは正月の初蹴りだそうです。そこには彼が最初に指導した小さな街クラブのOBから現役のJリーガー、夢破れて、いまは趣味でボールを蹴っている社会人・・・・・・、年も職業もバラバラな、いろいろな人たちが集うそうです。彼らの共通点は「そのコーチにサッカーを教わった」こと。どんなレベルでもあのときと同じようにボールを追いかけている、サッカーを楽しんでいる教え子たちの姿を見ることが一番うれしいとそのコーチは教えてくれました。
セレクションや入団テストは順位を決めるためのものではありません。またそのときに選ばれなかったからといって、合格した選手と比べてサッカー選手として劣っているということでもありません。子どもたち一人ひとり、10人いれば10通りの"最適"があるのが、進路選択の難しいところです。決断のとき、より良い選択をするためには、まずは「子どもをよく知ること」。自分たちの子どもに何が合っているのか、どんなところでならサッカーを楽しく続けられるのか(もちろん厳しい環境でも楽しく続けることは可能です)、条件面やサッカーの実力も大切ですが、こういう観点から進路選択について考えてみるのも大切なことなのかもしれません。
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文/大塚一樹 写真/サカイク編集部