前編につづき、横浜F・マリノスプライマリーの西谷冬樹監督のインタビューをお送りします。
ピッチ上でどんなに指導者がテーマを持って子どもを育てようとしても、家庭で真反対のことが行われていると、子どもはすくすくと伸びることができません。マリノスプライマリーで、西谷さんはどのような“合意”を親御さんと築いているのでしょうか?
■指導のテーマは“自立”
――普段、子どもの親御さんとはどのような話をしていますか?
僕らは“自立”というテーマで育成をやっているので、古い言葉で、“かわいい子には旅をさせろ”と親御さんには説明しています。将来、親御さんは自分の息子に、家族を作って自立することを望んでいると思うんですよね。僕らもサッカー選手を育てているけど、サッカー選手になれるのはほんの一握りで、それ以外の社会人になる子のほうが圧倒的に多い。社会に出て、いろいろな分野で活躍できるように、自立した一人の人間として育てたいという考え方のスタートを、ちゃんと合わせたいんですよね。
――その感覚はお互い、すんなりと合いますか?
はじめはいろいろノッキングすることもあります。子どもはサッカーという、やりたいことをやっているので、自分でできることは自分で用意させるとか、当たり前のことですけど、その辺は親御さんも我々と同じ感覚で子どもと付き合って欲しいですね。どうしてもサッカーを特別視しがちで、マリノスプライマリーに入れば「よし、もう将来プロだ」と勘違いして、世話しすぎてしまう親御さんがいるので。
送り迎えとか、自分で出来るはずなのに、私が、私が・・・と、用意してあげたりとか。そうなってしまうと、僕らのやり方だとグラウンドで困るのは子ども自身なんです。考えてプレー出来なくなってしまう。「仲間と協力して考えてやりなさい」と言っているので、家庭の中でそれをやっていないと、当然、グラウンドでも出来なくなってしまうんですよ。
――子どもに対する距離感の取り方は、親御さんなら誰でも悩む問題ではないかと思いますが、そこで大事になることは何ですか?
僕は、子どもはリスクがあって育つものだと思うんです。リスクというのは、死ぬとか生きるとかの話ではなくて、つまり、親御さんがどこまで子どもを信じられるか。
セレクションもそうですよ。親はただただ、距離が離れたベンチに座って見ているだけ。困っていても、手は出せない。これが“かわいい子には旅をさせろ”ということなんですよ。子どもは一生懸命にやってますよね。受かるために。親はドキドキしてますよね。いろいろな思いが混在して。だけど、ただただ見守るだけ。僕らはセレクションを一次、二次、三次、練習会と、何回もやるんです。最後、練習会に来た親御さんに聞くんですよ。「子どもが家で何て言ってますか?」と。すると、「すごく楽しい」と。この1カ月ですごく成長したと。
受かることもあるけど、落ちることもある。サッカーも、勝てればいいけど、負けることもある。試合にでれることもあれば、でれないこともある。そういうリスクを理解することで、親御さんの子どもに対する距離感とか、そういうのも決まってくるんじゃないですかね。そうなると子どもは自然と伸びます。だけど、それができないと、かわいすぎてしまって、過保護、過干渉になってしまう。リスクを大人が取り除いてしまうんですね。そうすると子どもは伸びなくなってしまうので、いつも親御さんには、子どもを僕らに預けてもらうようにお願いしています。
8人制の話もそうだし、よくわからない親御さんも多いんですよね。特に長男、第一子の親御さんはパニックになってしまうこともあります。僕らは5年後、10年後を見据えて、今、子どもには何が必要かを伝えているわけです。だから、ゆとりがあります。失敗するのは当たり前だよ、またがんばればいいんだよ、って。
だけど親御さんは、今が、今がなので、失敗したら、「ああうちの息子は何やってるの!」となってしまうんです。そういう意識になってしまうと、以心伝心で、すぐに子どもにも伝わりますから。子どもも焦ってそわそわして、何をしていいのかわからなくなっちゃうんです。そうなったら、親御さんを呼んで、悩み事を聞いて、こんがらがっている糸をほぐしてあげると、本当に面白いようにスーッと子どもが伸びていきます。知らず知らずのうちに子どもにプレッシャーがかかっているんですよね。そういう子と親御さんをいっぱい見てきました。
今はうちのチームもコミュニティーがしっかりしてきて、僕が注意しなくても周りの親御さんが言ってくれたり、すごく良い状況ですね。正直、少し行き過ぎて、自分がコーチや代理人みたいな気持ちになってしまう親御さんもいるんですよ。突っ走ってしまう。そうすると周りの親御さんが注意したり、「こうじゃないか」「ああじゃないか」って提案してくれたり。そうすると、だんだん僕が出て行く役割も少なくなって、子ども同士、親同士でやってくれるようになって、すごくありがたいなと思いますね。
■サッカー経験者だからこそ、陥る罠がある
――自分自身で学んだことと、与えられて学んだことは、全く質が違いますよね?
本人をやる気にさせて、自分たちで走り始めるようになれば、コーチの仕事は、6割7割は終わりじゃないですかね。あとはスパイスを与えて、可能性を広げてあげたり、その子の特徴を見出してあげるだけ。そのために観察するわけで。
ときには周りから、「あの人は何もしてないんじゃないの」という印象を持たれることもあるけど、すごく考えてるんです。だから1試合が終わるとすごく疲れます。連続で2試合やるときもありますけど、ベンチに戻ったら、本当にぐったりとします。そのぐらい考えて、観察しています。
――他人から答えを引き出すのは、自分で答えを出す以上に難しくて、面倒なことですよね?
そうですね。昨日も社会人になった教え子たちが、あるコーチが辞めるからと送別会を開いてくれて、僕らも行ってきたんですけど、「マリノスでの3年間がすごくでかい」って言ってくれて。楽しかったし、それは社会人になっても役立ってると。まあ、それはリップサービスかもしれないけど、最近はそういうのが指導のエネルギーになっています。
そのとき当時を振り返るんですけど、指導者はすごくドキドキするんですよ。そこでの会話の質が、当時の指導の質にもつながるので。いろいろあったけど楽しかったねとか、そういうのはすごく大切。20年ぐらい指導者をやっていると、そういう流れが出来てきますね。
――その流れがなかったときには、本当に手探りでしたか?
そうですよ。本当に手探り。マリノスの指導者をやったとき、今のトップチーム監督の樋口靖洋が4年生を見てて、僕はアシスタントコーチだったんですね。子どもの中には藤本淳吾とかがいて。その1年後、樋口がユースの指導に移って、僕が4年生の監督になったんですけど、正直、全然わかりませんでした。だけど、自分もサッカーをずっとやってきた経験者なので、サッカーが楽しいことは、場面、場面でわかるじゃないですか。だからまずは自分が楽しいって思っていたことを、やらせていたんですね。
そうすると、だんだん子どもたちのプレースタイルが、自分に似てきたように感じたんですよ。そこで「…これはちょっと違うな」と感じたのが、僕の最初の指導の壁でした。自分が楽しいってことを子どもに伝えるだけでは、それは親切の押し売りであって、楽しさってもっといろいろあるんじゃないかって。それは子ども自身が感じることであって、そこで初めてプレーヤーズファーストに気づいたんですね。
――そう思い始めると、子どもがいろいろなことをしても、失敗しても、許せるようになりますか?
そうなんですよ。それぞれ指導者には、いろいろなストーリーがあると思いますけど、僕はそれが最初かなと思いますね。
西谷冬樹(にしたに・ふゆき)//
・1969年12月18日生まれ、神奈川県出身
・横浜F・マリノス プライマリー(U-12)監督
・日本サッカー協会公認A級コーチ。
第37回全日本少年サッカー大会決勝大会ではベスト16、昨年9月にイギリスで行われたダノンネーションズカップ2013では世界大会の舞台で見事3位という功績を残した。これまでの20年間で多くの選手を育成し、中村俊輔、齋藤学、藤本淳吾をはじめとするプロ選手を輩出している。
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取材・文/清水英斗 取材協力/Y.F.M 写真/新井賢一(ダノンネーションズカップ2013より)