考える力
ストレスに弱いのは指導者のせい!? 青森山田高校・黒田剛流「戦える選手」の育てかた
公開:2018年6月 7日
2016年度に高円宮杯プレミアリーグチャンピオンシップ、高校選手権の2冠に輝き、文字通り「高校年代日本一」に輝いた青森山田高校。近年、毎年のようにプロを輩出している北の名門です。青森は豪雪地帯で、1年のうち3、4ヶ月は雪が積もり、グラウンドを使って満足にボールを蹴ることができません。
そんな環境下でもタイトルを獲得し、柴崎岳選手を始め、櫛引政敏選手、室屋成選手、神谷優太選手、廣末陸選手、郷家友太選手など多くの卒業生がプロの道へと進んでいます。
環境のハンデをプラスに変え育成に繋げている青森山田では、プロの道に進んだ子、社会人の道に進んだ子、どちらにも必要な社会を生き抜く力=ライフスキルを含めてどのような指導をしているのでしょうか。後編ではチームを率いて24年になる黒田剛監督に子どもを伸ばす親の接し方や指導育成の理念を伺いました。
(取材・文:鈴木智之)
<<前編:「今のままじゃW杯に出るのは無理」柴崎岳が変わるきっかけとなった黒田監督の言葉
(C)新井賢一
(青森山田高校出身で現在はスペイン1部ヘタフェに所属する柴崎岳選手)
■親が教育を履き違えている部分がある
サカイクは「サッカー×教育」というテーマで様々なコンテンツをお届けしており、2017年春のサカイクキャンプからは、スポーツを通じて人生の様々な困難を乗り越える力をつける「ライフスキル」の指導を導入しています。
――サッカーとライフスキルというテーマで伺いたいのですが、黒田監督はサッカーの技術、戦術だけでなく人間教育を大切にされています。選手たちと接する上で、オフ・ザ・ピッチでどのようなことを心がけていますか?
高校生を育成年代と考えると、サッカーのスキルだけでなく、生活面を含めた良い習慣を身につけること。そして、その習慣レベルの質を徐々に上げていくことを重視しています。たとえば、面倒なことや自分にとって厳しいことであっても、逃げ出さずに平然とできるような習慣を身につけてほしい。
今まで経験したことがなく、全部親がやってくれたから、「大変だ」「キツい」「面倒だ」と思うのであって、それらを自分の生活の一部として捉えることができれば、当たり前のレベルで何でもできるものです。
――便利な世の中になり、面倒なことや厳しいことを体験する場面が減ってきています。あえて、そのような経験をすることが重要なのでしょうか?
そう思います。現代の環境を見ると、家庭や学校ではまず、子どもに対するストレスや弊害を取り除こうとします。子どもが自立するための作業や思考を、親や学校の先生が先回りしてやってしまうのです。それは、成功や正解に「導く」のではなく「与える」ことになっています。
それを『子どもが夢や目標を叶えるためのお手伝い』と完全に履き違えていると感じることがあります。そうではなくて、子どもに自分自身で壁や弊害を乗り越える力をつけさせることが、本当の意味での教育なのです。
このままでは、社会に出てから必要とされる「創造力」や「問題解決能力」を養うことはできないと思っています。
――サッカーはピッチの中で、自分で考えて、決断しなければいけないスポーツです。日本における現代社会の「それほど考えなくても安全に生きていける環境」は、サッカー選手の育成という面に限ると、マイナス要素になっていますね。
それも含めて、中学や高校といった教育機関の、規律の中で生活をすること。人の話に耳を傾けること。考えて判断すること。注意されることや叱られることに慣れることなど、人生を生き抜く上で大切な習慣を、育成年代で身につけなければいけないと思っています。
青森山田を卒業して、社会に出た生徒から「会社で求められている事は、高校時代に教わったことと同じ。当時の経験が役に立っています」と言われると嬉しいですし、指導方針が間違っていなかったんだなと思います。
■冬の間はフィジカル強化。Jユース出身の神谷優太(愛媛FC)は初日から全身が攣ったことも(笑)
――厳しさ、不便さと言えば、青森は豪雪地帯で、1年の4分の1は雪でグラウンドが使えません。雪と向き合う覚悟がないと、サッカーができない環境です。
それが我々のベースであり、常に「雪をどう活かしプラスにとらえるか」を考えています。環境を言い訳にせず、うまく利用してプラスに持っていく。どんな環境でも思考を働かせて、工夫し、行動することで忍耐力や判断力を身につけることができます。それは高校を卒業して、社会に出ていくときに求められる、大切な考え方だと思います。それを、サッカーを通じて身につけていくわけです。
――どのようにして、雪をアドバンテージにするのでしょうか?
3か月かけて、走り負けない、競り負けないフィジカルをつけて、その上に技術や戦術を乗せていきます。365日、いつでもボールを蹴られる環境だと、いつ、どの時期にどう成長したかを見分けづらいですが、我々は冬場のトレーニングを経て、春には明確にボールが飛ぶようになったり、走れるようになったりと成果が見えるので、選手にとっても自信になります。
実際、高3のときに東京ヴェルディユースからうちに来て、プロになった神谷優太(現・愛媛FC)は、初の雪上練習で全身が攣って倒れましたからね。ほかの選手は慣れているので誰一人そんなことにはなっていないのに(笑)
――青森山田は県内21連覇中で高円宮杯プレミアリーグと高校選手権の2冠を達成し、プレミアリーグから一度も降格していないチームでもあります。どのような選手、チームを作りたいという考えで指導に当たっているのでしょうか?
人間性の部分で言うと、人の話を素直に聞ける選手、タフに戦える選手、叱られてもポジティブに捉え「また頑張ろう!」という反骨心を持てる選手を作りたいと思っています。
ぬるま湯の中で育ってきた子たちは、そういうベースを築けていないので、肝心なところで妥協し、手を抜き、信頼を失います。人からの指摘に対してストレスを感じ、いちいちアレルギー反応を起こします。
理解しようとする柔軟性もなく、甘やかして周囲が手を貸し続けると、結果としてその選手の将来はありません。もちろんチームとしても良い結果は期待はできないと思います。
――今の子どもたちは社会的な視点から見ても、なるべくストレスを取り除こうとする環境に置かれていますよね。
そのため、不利な境遇や逆境に対して精神的に耐えられない子どもが多くなっています。「褒めて伸ばす」と言う言葉がありますが、もちろん褒めることは大切です。でも、1度や2度良いプレーができたからといって、それをいちいち褒める必要はないと思います。まず、できないことができるようになった。そしていつでもそれができるようになった。その向上したことが要因となって、素晴らしいプレーを生み出した。それが褒めるに値することであって、1回や2回できたことを褒める必要はない。半年や1年、2年やり続けていること、その努力と成果に対してきちっと褒めてあげる。
1回や一瞬でできたことに対して褒めるのは、勘違いを誘発させ、成長を妨げる無責任な指導と捉えるべきです。指導者が子どもとの関係に弊害や摩擦が起こらないよう、無難なコーチングに徹しているのでしょう。褒められ慣れた子どもたちは数年後に、「限界」に気づき「断念」を選択せざるを得ないということです。
日本の育成年代のエリート選手が、どれだけこの「犠牲」になったでしょうか。
サカイクキャンプ2018夏