大人が答えを与えるのではなく、子どもが自分で考えて判断し、チャレンジできる環境で試合をしよう。
晴天にも恵まれたGW前半の最終日、4月29日に神奈川工科大学にてサカイクの主催するマッチイベント「サカイクマッチ」が開催されました。
■主役は子ども 主旨に賛同する9団体10チームが参加
「日頃みなさんも『子どもたちが自立するためにはどういう関わりをすればいいか』ということを工夫されていると思いますが、今日は大会というより、子どもたちにやる気や自信を与えるコミュニケーションの場です。子どもたち主体で進めていきましょう」
試合に先がけて、サカイクマッチのディレクションを担当した「シンキングサッカースクール」の須田敏男コーチが選手、コーチ、保護者に語りかけます。
「今日はネガティブなコーチングではなくポジティブなコーチングを。試合ではすべての子どもたちにポジティブな応援を心がけましょう」
参加したのはサカイクの呼びかけに賛同した10チーム。初めてのサカイクマッチに参加してくれた、いわば“オリジナル10”です。
日頃から“子どもたち主体”で活動しているチームだけあって、どのチームも強制したり命令口調で指示を出したりしません。ある指導者が言います。
「同じような考えを持つ仲間がだいぶ増えてきましたが、全チームがそういうコンセプトでできると雰囲気が違いますね。これが日本全国に広がってほしいと思います」
【サカイクマッチ参加チーム】
草柳サッカークラブ(神奈川県大和市)
FC湘南辻堂(神奈川県藤沢市)
代々木小公園FC(東京都渋谷区)
まめしば(茨城県竜ケ崎市)
富士見台FC(神奈川県川崎市)
公田SSS(神奈川県横浜市)
バディーSC中和田(神奈川県相模原市)
GROW FC 3年生(東京都足立区)
GROW FC 4年生(東京都足立区)
LARGO.FC(東京都荒川区)
■トライ&エラー 失敗できる学びの場
「ほら、前の試合が始まったよ。どうしようか?」
コーチが選手にかけたのはたった一言。この一言でキャプテンと思しき選手を中心に選手たちはウォーミングアップをはじめます。今回サカイクマッチに集まったのは、小学校3年生、4年生で構成されるチーム。まだ試合経験も浅い彼らですが、いつ何をすべきか、試合の進行状況を見ながら自分で考えることはできます。
「全部自分たちでやるのは難しいかもしれません。見ているとついつい声をかけてしまいますが、ああしろこうしろとは言わずに、やり方を自分たちで考えるような言葉を選ぶようにしています」
傍から見ていたこちらからすれば、たった一言で選手たちが動き出してすごい!と思ったのですが、コーチとしてはできれば声をかけずに見守っていたい。でもこのままではただ前の試合をぼーっと見てしまう。そんなジレンマがあったようです。
「水筒がないと困るよね? じゃあ次からベンチに持ってきた方がいいね」
水分補給のための水筒を待機場所においてきてしまったチーム。
その前にはこんなやり取りがありました。
「さぁ、じゃあ休憩だよ。試合が終わったら水を飲もう」
水筒が手元にないため、まごつく選手たち。1試合目は途中で試合に出ていない選手が全員の水筒を取りに行くことになりました。
あとから話を聞くとコーチは「お恥ずかしいです。はじめから水筒を持ってこれたらいいんですけどね」と笑います。
サカイクマッチは失敗ができる、トライ、チャレンジができる場。彼らは水分補給の大切さと、試合のときは水筒をいつも近くに置くという二つのことを、大人からの指示ではなく、自分で感じて学べたわけです。
このように試合会場の至るところで小さなトライ&エラー、チャレンジが行われたサカイクマッチ。試合を巡回する須田コーチも「参加してくれたチームのみなさんは意識が高いチームばかり」と舌を巻きます。
■サッカーってこんなに楽しい 勝ち負けより試合が出来る喜び
試合が進むにつれて、負けが込んでくるチームもあります。3年生主体で参加したあるチームは、ここまで全敗。選手たちもさすがに落ち込んでいるのではないかと様子を見に行くと、悔しがってはいますが誰ひとり下を向いていません。そこにはサッカーを心底楽しんでいる笑顔があふれていました。
以前に比べればだいぶ認識されてきたとはいえ、3年生の大会や試合、他チームと戦う機会はなかなかありません。しかも今日のピッチはマンチェスター・ユナイテッドが採用しているという人工芝。神奈川工科大学さんにお借りした素晴らしい施設で選手たちは思う存分サッカーを楽しんでいます。
「3年生が多いからね。でも今日は楽しい」「さっきは点取れたんだよ」「また試合だから行かなきゃ!」
選手たちからは「負けたから落ち込んでいるかな?」と一瞬でも思ったこちらが恥ずかしくなるくらいの明るい声が返ってきます。
「サッカーが楽しくてたまらない」
キラキラした目でプレーする子どもたち。どなり声に萎縮し、表情を失った子どもたちのいないピッチ。サカイクマッチ全体の雰囲気がポジティブな空気に包まれていました。
■お互いをリスペクトする気持ちが引き出す本当のやる気
サカイクマッチも終盤、地元神奈川のFC湘南辻堂と茨城から来ていたまめしば、今日好調の2チームが対戦しました。手に汗握る白熱したゲーム展開。試合終了間際、FC湘南辻堂の選手が放った弾丸シュートがゴールに突き刺さります。
喜ぶ選手たち。ここまではよくある光景ですが、点を取られた選手、ベンチのリアクションがひと味違っていました。
「いやぁ、ナイスシュート。すっげー」
点を取られたまめしばのベンチから「あれはすごいよ!ナイスシュート」と辻堂の選手に拍手が送られます。
「いいプレーは味方や相手を問わずに誉める」
よく言われることですが、試合はやはり勝負。白熱していればいるほど自分のチーム側からしか物事が見えなくなっていきます。相手チームを褒めたコーチは自チームの選手に「あれは仕方ない。すごかったもん。負けるな負けるな!」と声をかけます。選手たちは落ち込むどころかより真剣な表情に。
ピッチの周りは不思議な高揚感に包まれました。試合終了後も「あれはJリーグのGKでも取れないよ」と称賛の声が続きます。「またぜひ試合やりましょう」笑顔で握手をかわすコーチ、両チームの選手たち。
彼らの心にも、今日の試合は強く心に残ったはずです。
大会終了後、感想を聞きに須田コーチのもとを訪れると、子どもたちがまだ走りまわるピッチに目をやりながら満面の笑みでこうつぶやきます。
「サッカーっていいなぁ」
大会総評を、とまとめのコメントをもらおうという気持ちもあったのですが、須田コーチの笑顔とこの言葉が今日のすべて。
いっぱい汗をかいて、いっぱい笑って、勝って喜んで、負けて悔し涙を流して……。自発的に成長していける環境を! という目標を掲げて始まったサカイクマッチ。選手たちの楽しそうな声、周りの大人たちの笑顔。参加したすべての人の前向きなマインドが「サカイクマッチ」という新しい大会のあり方を作り出したのではないでしょうか。
大塚一樹(おおつか・かずき)//
育成年代から欧州サッカーまでカテゴリを問わず、サッカーを中心に取材活動を行う。雑誌、webの編集、企業サイトのコンテンツ作成など様々 な役割、仕事を経験し2012年に独立。現在はサッカー、スポーツだけでなく、多種多様な分野の執筆、企画、編集に携わっている。編著に『欧州サッカー6大リーグパーフェクト監督名鑑』、全日本女子バレーボールチームの参謀・渡辺啓太アナリストの『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』を構成。
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取材・文/大塚一樹 写真/サカイク編集部
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