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JFAグラスルーツ推進部部長が行く!あなたの街のサッカーチーム訪問
「100回失敗してみよう!」子どもがサッカーを心から楽しむための合言葉
公開:2016年10月25日
"誰でもJoin"を体現している茨城県ひたちなか市を拠点にしているバンクル茨城ダイバーシティフットボールクラブを訪れた松田薫二部長(日本サッカー協会グラスルーツ推進部)。数時間の練習を見て、すっかりこのクラブのファンになった様子です。2回目の今回は、親御さんの声を交えて、障がい者サッカーと現状の問題点、バンクル茨城が見せてくれた可能性について話を進めていきましょう。(取材・文 大塚一樹)
■子どもが楽しそうなのがうれしい
「うちの子は人と接するのが苦手だったんです。だから心配してたんですけど、そんな心配は必要ありませんでした」
バンクルの練習を見つめるお父さんお母さんの話を聞くと、みなさん決まって笑顔で答えてくれます。それぞれが事情を抱えていて、バンクルに辿り着くまでにはいろいろな苦労もあったそうですが、「子どもたちが楽しそうなのがうれしい」と口を揃えます。
■できないことをできるようにするのではなく、100回失敗すること
ある知的障がいを抱えた女の子のお父さんは、特別支援学級の同級生のお母さんから紹介されてバンクルに来たといいます。
「球技は初めてだったんです。それまでは水泳をやっていて、集団競技というか、チームプレーなんてできるのかなと思っていました。女の子も少ないし、心配はしたんですけど、あっという間にみんなの仲間になって、言葉を発するのが苦手な子なのにみんなに受け入れてもらっているんです」
このお父さんにバンクル茨城を紹介した、脳性麻痺を持つ子どものお母さんは、バンクルをもっといろんな人に知ってほしいと言います。
「少年団では『できないことをできるようにしよう』という指導でした。もちろんできるようになって欲しいと思うのですが、いきなりそれを求められると厳しい子もいます。バンクルでは大橋監督に『100回失敗してみよう!』と言われて最初はへの字に曲がっていた息子の口元が、徐々に笑顔に変わっていったんです。茨城には障がいのある子どもを受け入れてくれるチームもそんなにないので、悩んでいるお父さんお母さんはたくさんいると思うんです。だからもっと多くの人にバンクルのこと、失敗してもサッカーできるんだよってことを知って欲しいんです」
■誰もが楽しいと思えるチームが番狂わせを起こす
クラブを結成した大橋弘幸監督の思いも「サッカーは楽しいもの」という原体験に基づいた「もっとみんなで楽しく、一緒にサッカーをしたい、ボールを蹴りたい」という気持ちだと言います。
「強いチームを作るとか、スゴい選手を育てるとか、そういうのは違うかなって思ったんですよ。強化面だけを考えていたら邪魔者、のけ者、仲間はずれができてしまう気がして。誰もが楽しいと思えるチーム、しかもそのチームが誰も思ってもみなかったような “番狂わせ”を起こす。そんな願いを込めて、クラブの名前をバンクルにしたんです」
練習中の大橋監督は、底なしに明るく、ずっと子どもたちに声をかけ続けています。障がいがあるからと言って過保護になったり、過剰にケアをすることはなく、端から見ている分には、そこでボールを追いかけている子どもに障がいがあるとは気がつかないほどです。
■ドリブルができなければ、できることをやればいいい
バンクルに身体の小さなムードメーカーがいます。心臓が弱いというその子は、医師に運動制限こそされていないものの、もしかしたら、なにかあったらと不安がつきまとい、ご両親は「運動は何もできないかな」と諦めかけていたそうです。
ところが、バンクルの練習では、元気いっぱいにグラウンドを走り回っているのです。疲れたと言っては勝手にベンチに戻ってきたりするのはご愛敬。チームメイトも、大橋監督も周りのお父さんお母さんも、みんなが彼の素直で愛らしい動きに注目していることがわかります。
松田部長も「彼のような子が楽しそうにサッカーをしているのがバンクルのサッカーを表している」とすっかり目が離せなくなった様子です。
別の親御さんは子どもが「練習に行きたくない」と言ったことがないと胸を張ります。
「ドリブルができなくてもトラップができればいい。みんなもそのトラップがゴールにつながるように工夫してくれる。そんな風に考えてプレーしてくれているのがありがたいし、そういうチャンスがあるから試合も楽しみにできるんでしょうね」
取材日の後に大会を控えていたバンクルは、全員出場はもちろん、全員が与えられた役割、特徴、できることを活かすべくみんなの知恵を総動員してプレーしていました。
7月に行われた水戸ホーリーホック主催のホーリーフェスタに参加したバンクルは、大橋監督が「正直、泣かされました」というプレーを披露したそうです。元々、知的障がい者の大会だったホーリーフェスタに、「ちゃんと試合できるから」と参加させてもらったバンクルでしたが、年齢や障がいの垣根を越えたチームを相手に、見事なパスワークでゴールに迫り、チームみんなが関わるとても重要な1点を挙げました。
「ドリブルができなければできることを、ゴール前でトラップして前を向いている子にパスすることはできますよね。みんながそうやって考えて工夫して決めたゴールだったので、本当にうれしかった」
■障がいの有無を気にすることなくサッカーができる環境を増やしたい
大橋監督の話を聞いた松田部長は「一人の“エース”がドリブル突破でゴールを決めるチームにも聞かせたい話です。サッカーって本来そういうのが楽しいし、そこが魅力のスポーツなんです」と大橋監督の感激に共感していました。
バンクルを立ち上げ、その他にも地域で障がいに応じたスクールを開催している大橋監督が目指すのは、「障がいがあってもなくても負い目なんて何も感じずに、気にすることなくサッカーができる環境を増やす」こと。
「知的障がいでも、身体障がいでも、弱視でも全盲でも、脳性麻痺でも、運動機能に問題があっても、車いすでも、みんなが楽しめる場所を作りたいんです。もっといろんな形で、いろいろな人がサッカーを楽しめる環境を作りたい。サッカーがやりたくてもできない子たちを仲間に迎えていきたいんです」
大橋監督の夢は、世間一般からは「ハンディキャップ」と見られてしまう彼らの苦手なこと、できないことをわかった上で、特徴や良いところ、できることを最大限活かして、世間の常識をひっくり返す「番狂わせ」を起こすことにあります。
■松田部長の感想
「とても素敵なクラブでしたね。『障がい者サッカー』と聞くと、とても特殊な、そして特別なものだと思いがちですが、今日練習を見せていただいて真っ先に感じたのは、『このチーム、良いチームだな』『みんな楽しそうにサッカーしているな』という素直な感想でした。
障がいの有無や、それぞれの選手の個性、サッカーの技術のレベルなどすべての“違い”をお互いに補い合って、しかも一人ひとりが成長できる環境がバンクルさんにはありました。大橋コーチの『これが当たり前だと思っていて、何も特別なことはやっていません』という言葉にはハッとさせられましたし、障がい云々じゃなくてすべてのサッカークラブに共通して必要なもの、大切なものを教わったような気がします。
良い悪いの問題ではありませんが、障がい者に関わる多くのクラブはロービジョンならロービジョン、知的障がいなら知的障がいと、ひとつの障がいに限定しているクラブがほとんどです。バンクルでは、障がいもその度合いも、ましてや障がいがなくてもみんなでサッカーを楽しめる環境がすでに整えられています。環境と言っても、施設のバリアフリーだったり、用具、人員体制などのお仕着せの環境ではありません。指導者自らが、みんなサッカーの仲間、誰でも楽しくプレーできるという雰囲気をチームに満ちさせて、その思いを子どもたちと共有しているからこそできる、「Joinしやすい」本当の意味でのバリアフリー、平等な環境です。
障がい者に対する“バリア”はむしろ私たちの側にあるとよく言いますが、バンクル茨城ダイバーシティフットボールクラブでいろんな子どもたちがひとつのボールを追いかけ、ともに関わり合ってサッカーをプレーしている姿を見ていると、サッカーには今までとは別のもっと大きな役割があって、それを果たせるポテンシャルがあるんだという思いが新たに沸き上がってきました。
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取材・文 大塚一樹
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